動脈圧波形から読むFloTrac/ビジレオ ― 血圧で分かること・分からないこと

はじめに
FloTrac/ビジレオは、動脈ラインにセンサーをつなぐだけで心拍出量(CO)を連続表示してくれる、便利なモニタです。ただ、いきなり画面のCOやSVVの数字を追う前に、その動脈ラインの波形そのものから読める情報を押さえておくと、FloTracの数字を「どこまで信じるか」の判断がぐっと楽になります。
FloTracがやっているのは、突きつめれば「脈圧と波形の形から1回拍出量を推定し、連続的な数値にする」ことです。つまり、私たちが波形を目で見て考えていることを、装置が数値化・自動化しているだけです。まず動脈圧そのものの読み方を整理し、そのうえでFloTracが何を足してくれるのか、どんな場面で外れるのかを解説します。
この記事でわかること
- 平均動脈圧(MAP)は臓器灌流圧の指標。脳・腎の自動調節の下限を意識する
- 脈圧(収縮期−拡張期)は1回拍出量と血管の硬さを映す。狭い脈圧は低拍出・出血・タンポナーデを疑う
- 陽圧換気での収縮期圧の呼吸性の揺れ(SPV)は、FloTracがなくても輸液反応性の手がかりになる
- FloTracは非校正式の動脈圧波形解析。簡便だが、血管特性の推定誤差がそのままCOの誤差になる
- SVV/PPVが使えるのは、調節換気・洞調律・一回換気量おおむね8mL/kg以上・非開胸のとき
- 波形がなまっていれば、FloTracの数字もなまる。スクエアウェーブテストが前提
まず、動脈圧そのものから読む
3つの数値 ― 収縮期・拡張期・平均動脈圧
モニタには収縮期血圧、拡張期血圧、そして括弧内に平均動脈圧(MAP)が出ます。臓器の灌流を考えるうえで重要なのはMAPです。MAPはおおよそ「拡張期血圧 + 脈圧 ÷ 3」で、心周期の大半を占める拡張期に近い値になります。
脳や腎臓には血流を一定に保つ自動調節のしくみがあり、その下限はおおむねMAP 60〜65mmHgとされます。ただし慢性高血圧の患者では自動調節の範囲全体が高い側へずれており、普段より高めのMAPを保たないと灌流が落ちます。「目標の血圧」は病態と既往で変わる、という前提で数字を見ます。
脈圧から分かること
脈圧(収縮期血圧 − 拡張期血圧)は、ざっくり「1回拍出量 ÷ 動脈のコンプライアンス(ふくらみやすさ)」で決まります。
- 狭い脈圧(目安で25mmHg未満、または収縮期血圧の25%未満):1回拍出量の低下を疑う。出血、心不全、心タンポナーデ、高度の大動脈弁狭窄など。
- 広い脈圧:血管が開いている(敗血症、発熱、貧血、脚気)、大動脈弁閉鎖不全、あるいは高齢で動脈が硬い。
トレンドで見るとさらに役立ちます。出血が進むとき、多くの場合まず脈圧が狭くなり、そのあとに収縮期血圧が下がってきます。脈圧の変化は、血圧低下より一歩早いサインになります。

図: 動脈圧(Aライン)波形とその成分。立ち上がりの急峻さ(dP/dt)は心収縮力の目安、ディクロティックノッチの位置は末梢血管抵抗の目安、波形の面積は1回拍出量の推定に使われます。
波形の「形」から分かること
- 立ち上がりの急峻さ(dP/dt):収縮期の立ち上がりが鋭いほど左室の収縮力が保たれている目安。なだらかな立ち上がりは、収縮性の低下や大動脈弁狭窄でみられます。
- 重複切痕(ディクロティックノッチ)の位置:大動脈弁が閉じるタイミングでできる切れ込みです。高い位置にあれば末梢血管抵抗が高い(血管収縮)、低い・ほとんど消えているなら血管が開いている(敗血症、麻酔導入直後)目安になります。
- 波形の面積:1拍で押し出した量のイメージに対応します。FloTracが1回拍出量を推定するときの発想の土台です。

図: 脈圧が変化する代表例(正常/大動脈弁狭窄/閉鎖不全/脱水)。狭い脈圧は1回拍出量の低下、広い脈圧は血管の開き(敗血症など)や大動脈弁閉鎖不全を疑う手がかりになります。
呼吸性変動を「目で」見る
陽圧換気をかけていると、1回換気ごとに胸腔内圧が変わり、心臓に戻る血液量が増減します。その結果、収縮期血圧が呼吸に合わせて上下します。これを収縮期圧変動(SPV)と呼びます。
揺れが大きい(目安として1呼吸で収縮期圧が10mmHgを超えて動く)ときは、循環血液量に余裕がなく、輸液を足せば拍出が増える可能性が高い、と読みます。これは専用モニタがなくても、動脈ラインの波形をゆっくりした掃引速度で観察すれば分かります。この呼吸性変動を数値化したものが、次に出てくるPPV(脈圧変動)/SVV(1回拍出量変化)です。
信頼できる波形かを、先に確かめる
ここまでの読み方は、波形が正しく出ていることが前提です。
- スクエアウェーブテスト:高圧フラッシュを一瞬引いて離し、その後の振動が1〜2回で収まれば適正です。
- オーバーダンピング(なまり):気泡、血栓、カテーテル先の壁当たり、長すぎる・柔らかすぎるラインが原因。収縮期は低く、拡張期は高く、脈圧は実際より小さく表示されます。
- アンダーダンピング:硬く長いラインや頻脈で、収縮期を実際より高く表示します。
- ゼロ点と高さ:大気開放でゼロ較正し、トランスデューサーは右房の高さ(腋窩中線)に合わせます。
なまった波形からは、なまったCO・SVVしか出ません。FloTracを使う前に、まずここを直します。詳しくは観血的動脈圧(Aライン)モニタリングの記事にまとめています。
FloTrac/ビジレオが足してくれるもの
何を表示するのか
FloTracセンサーを通常の動脈ライン(橈骨動脈など)につなぎ、専用モニタ(ビジレオ/EV1000/HemoSphere)と組み合わせると、次の値が連続表示されます。
- 心拍出量(CO)、心係数(CI)
- 1回拍出量(SV)、1回拍出量係数(SVI)
- 1回拍出量変化(SVV)
- 体血管抵抗(SVR)、体血管抵抗係数(SVRI)
肺動脈カテーテルのような中心静脈からのカテーテル挿入が不要で、低侵襲に「流量」を数値で追えるのが最大の利点です。
原理 ― 非校正式の動脈圧波形解析
FloTracは、動脈圧波形の形(脈圧の大きさ、波形の立ち上がり方、ばらつき)と、入力した患者背景(年齢・性別・身長・体重)から、その人の動脈のコンプライアンスを推定し、1回拍出量を計算します。指示薬や冷水による校正を必要としない「非校正式」であることが、手軽さの理由です。
一方で、血管の硬さやトーンを実測ではなく推定でまかなうため、その推定が外れる状況ではCOの絶対値がずれます。ここが後述の限界につながります。

図: 動脈圧波形の面積と1回拍出量(SV)の考え方。FloTracは、この面積に加え波形の立ち上がり方・ばらつきと患者背景(年齢・性別・身長・体重)から動脈コンプライアンスを推定し、指示薬などによる校正なしにSV・COを算出します。
輸液反応性 ― SVV/PPV
低EFや敗血症の管理でいちばん知りたいのは、「いま輸液を足したら、心拍出量は増えるのか、うっ血させるだけか」です。SVV(1回拍出量変化)とPPV(脈圧変動)は、陽圧換気に伴う1回拍出量の呼吸性変動の大きさを%で表したものです。
目安として、SVVやPPVが13〜15%以上なら「輸液反応性あり」の可能性が高い、と解釈します。ただし成り立つのは次の条件がそろうときだけです。
- 調節換気(自発呼吸がない)
- 一回換気量がおおむね8mL/kg以上
- 洞調律(不整脈がない)
- 開胸していない、腹腔鏡の高い気腹圧でない
FloTracが苦手な場面
| 苦手な場面 | 何が起きるか |
|---|---|
| 心房細動・頻発する期外収縮 | 拍ごとにSVが変わり、SVV/PPVが輸液反応性を反映しなくなる |
| 自発呼吸・補助換気 | 胸腔内圧の変動が不規則になり、SVVが当てにならない |
| 開胸・開腹(腹腔鏡の高気腹圧) | 胸腔内圧の伝わり方が変わり、SVVの閾値がずれる |
| 血管緊張の急変(敗血症、大量の昇圧薬、大動脈遮断・解除) | 血管特性の推定が追いつかず、COの絶対値がずれる |
| 大動脈弁閉鎖不全、IABP併用 | 動脈圧波形そのものが変形し、波形解析の前提が崩れる |
| 動脈ラインのなまり(オーバーダンピング) | 脈圧が小さく出て、CO・SVVを過小評価する |
トレンドで使う
以上をふまえると、FloTracは「ある瞬間の正確なCO値」よりも「介入の前後で拍出がどう動いたか」を見る道具として使うのが実際的です。輸液ボーラス、パッシブレッグレイジング(下肢挙上)、昇圧薬の増減の前後で、SVやCOがどちらへ動いたかを追います。絶対値は、乳酸値・尿量・SvO2・身体所見と突き合わせて解釈します。
CEの確認ポイント
- ゼロ点校正とトランスデューサーの高さ(右房レベル)。波形の質はスクエアウェーブテストで
- FloTracセンサーのケーブル接続と、患者データ(身長・体重・年齢・性別)の入力ミスがないか
- 心房細動・自発呼吸のときはSVVにフラグを立て、絶対値をうのみにしない
- 大動脈遮断の解除直後、昇圧薬を大量に使った直後は、しばらく値が安定しないと伝える
- 記録:CO/CIのトレンドと、輸液・昇圧・体位変換などの介入との対応
よくある質問
FloTracは校正が必要ですか?
不要です(非校正式の動脈圧波形解析)。指示薬や冷水による校正はいりません。ただし血管の硬さやトーンを推定で扱うため、その推定が外れる場面ではCOの絶対値がずれます。
SVV/PPVはどんなときに使えますか?
調節換気(自発呼吸なし)・洞調律・一回換気量おおむね8mL/kg以上・非開胸のときです。目安としてSVV/PPVが13〜15%以上なら輸液反応性ありの可能性が高いと解釈します。
FloTracが外れやすい場面は?
心房細動や頻発する期外収縮、自発呼吸・補助換気、開胸や高い気腹圧、血管緊張の急変(敗血症・大量の昇圧薬・大動脈遮断の解除)、大動脈弁閉鎖不全やIABP併用、動脈ラインのなまりです。
絶対値とトレンド、どちらで使いますか?
トレンドです。輸液ボーラス、下肢挙上、昇圧薬の増減の前後でSVやCOがどちらへ動いたかを見ます。絶対値は乳酸値・尿量・SvO2・身体所見と突き合わせて解釈します。
CEの確認ポイントは?
ゼロ点校正とトランスデューサーの高さ、波形の質(スクエアウェーブテスト)、センサーの接続と患者データ(身長・体重・年齢・性別)の入力、心房細動・自発呼吸時はSVVにフラグ、血管緊張の急変直後は値が安定しない旨の申し送りです。
まとめ
- 動脈ラインは、FloTracをつなぐ前から多くの情報を持っている。MAP・脈圧・波形の形・呼吸性変動を読む
- MAPは灌流圧、脈圧は拍出量と血管の硬さ、SPVは輸液反応性の目視サイン
- FloTracは非校正式の波形解析。簡便だが絶対値に限界があり、不整脈・自発呼吸・開胸・波形なまりで外れる
- SVV/PPVは13〜15%以上で輸液反応性ありの目安。ただし調節換気・洞調律・十分な一回換気量・非開胸が前提
- 使い方の軸は「絶対値」より「介入前後のトレンド」
波形なまりの対処はAラインの記事を、所見からの逆引きは周術期モニタリング トラブル対応リファレンスを参照してください。





