合併症のある患者・状態の悪い患者のモニタリング ― EF・呼吸機能の読み方と「どこで足すか」

はじめに
同じ「全身麻酔の1件」でも、健康な人の待機手術と、心不全や呼吸器疾患を抱えた人の手術では、術中に見ておくべき情報の量がまったく違います。標準的なモニタリング(心電図・非観血血圧・SpO2・EtCO2・体温)は、あくまで「大きな破綻をいち早く知る」ための最低限です。予備能の少ない患者では、これらが正常範囲に見えている間にも、心拍出量や臓器への酸素供給が静かに落ちていることがあります。
だからこそ、術前評価の段階で「この患者は循環・呼吸のどこが弱いのか」を読み、弱いところが見えるモニタを1つ足しておく、という発想が必要になります。この記事は、その考え方の入口として、心機能(EF)と呼吸機能検査の読み方、そして「どんな患者に何を足すか」を整理する親記事です。動脈圧波形解析による心拍出量モニタリング(FloTrac/ビジレオ)と、脳の局所酸素飽和度モニタリング(INVOS/NIRS)については、それぞれ個別記事で詳しく解説します。
この記事でわかること
- 標準モニタリングは「破綻を知る」ためのもの。予備能の少ない患者では、破綻の前の変化を見るモニタを足す
- EFは左室収縮の目安にすぎない。EFが保たれていても拡張障害・右室不全は隠れる
- 低EFの患者は前負荷依存で後負荷に敏感。輸液もカテコラミンも「さじ加減」がシビアになる
- %肺活量80%未満(拘束性)・1秒率70%未満(閉塞性)・拡散能低下は、術後呼吸器合併症のサイン
- 足すなら候補は、動脈ライン+心拍出量モニタ(FloTrac等)と、脳の酸素モニタ(INVOS等)
- FloTracとINVOSの詳しい読み方・限界は、それぞれの個別記事にまとめた

図: 標準モニタリングで見えるところと見えにくいところ
なぜ標準モニタリングだけでは足りないのか
血圧が保たれていることと、臓器に十分な血液が流れていることは、同じではありません。出血や麻酔薬で心拍出量が減っても、体は末梢血管を締めて血圧を維持しようとします。この「血管を締める代償」が効いている間、非観血血圧は正常に見え続けます。しかし、そのとき腎臓や腸管、筋肉への灌流はすでに低下しています。血圧が下がって初めて気づく、というのは、予備能のある患者では許容できても、心不全や敗血症の患者では手遅れになりかねません。
SpO2も同じで、動脈血の酸素化は教えてくれますが、その酸素が末梢へ運ばれて使われているか(酸素需給のバランス)は分かりません。EtCO2は換気と肺血流を反映しますが、局所の臓器灌流までは見えません。
つまり標準モニタリングは、「入口(酸素化・換気)」と「全体の圧」は見えても、「流量(心拍出量)」と「出口(臓器が実際に受け取っている酸素)」が見えにくい、という弱点があります。状態の悪い患者では、この見えない2つがいちばん先に崩れます。追加のモニタリングは、この空白を埋めるために入れます。
術前評価① ― 心機能とEFの読み方
EFは「左室の収縮の目安」でしかない
心エコーのレポートで最初に目に入るのが左室駆出率(EF)です。EFは、拡張末期にたまった血液のうち、何%を1回の収縮で押し出したか、という割合です。おおまかには、55〜70%が正常、40〜54%が軽度低下、30〜39%が中等度低下、30%未満が高度低下と扱われます。
EFが低いほど、心臓は「余力を使い切った状態で回っている」と考えます。少しの容量負荷や血圧上昇、頻脈が、そのまま心拍出量の低下や肺うっ血につながりやすくなります。麻酔導入時の血管拡張、陽圧換気による静脈還流の減少、出血なども、低EF患者では影響が大きく出ます。
EFが保たれていても安心できない ― 拡張障害と右室不全
注意したいのは、EFは「収縮のときにどれだけ出せたか」しか見ていない点です。高血圧や糖尿病、加齢で心筋が硬くなると、収縮は保たれているのに、拡張のときに血液を受け入れる能力が落ちます。これが拡張障害(EFの保たれた心不全、HFpEF)です。EF 60%というレポートでも、拡張障害があれば、輸液の入れすぎで簡単に肺うっ血へ傾きます。エコーレポートのE/e′や左房拡大の記載、既往の心不全入院歴は、拡張障害を疑う手がかりです。
もう1つ見落としやすいのが右室機能です。肺高血圧、慢性肺疾患、肺塞栓の既往、左心不全が長い患者では、右室が弱っていることがあります。右室不全があると、陽圧換気やPEEP、輸液過多、低酸素・高二酸化炭素血症(いずれも肺血管抵抗を上げる)で急激に破綻することがあります。エコーレポートのTAPSEや右室拡大、三尖弁逆流の記載を確認します。
低EFの患者は「前負荷依存」で「後負荷に敏感」
低EFの心臓は、スターリング曲線の平坦な部分で働いています。ある程度の前負荷(心臓に戻ってくる血液量)がないと拍出が保てない一方で、入れすぎると今度はうっ血する、という狭い幅で管理することになります。さらに、弱った心臓は後負荷(血管の抵抗)の増加に弱く、血圧を上げようとして昇圧薬を足しすぎると、かえって心拍出量が落ちることがあります。
この「狭い幅」を、血圧という1つの数字だけで探るのは困難です。心拍出量そのものと、輸液を足したら拍出が増えるのか(輸液反応性)が見えると、判断の精度が上がります。
ここでモニタリングを足したい
以下のような術前所見があるとき、動脈ライン+FloTracなどによる連続的な心拍出量モニタリングを検討する価値があります(最終的な適応は麻酔科医が判断します)。
- EF 40%未満、とくに30%未満
- 拡張障害の指摘、心不全での入院歴
- 中等度以上の弁膜症(大動脈弁狭窄など)
- 右室機能低下、肺高血圧
- 出血や体液シフトの大きい手術(大血管、開腹の大手術、長時間手術)が予定されている
術前評価② ― 呼吸機能検査の読み方
スパイロメトリーの基本 ― %肺活量と1秒率
呼吸機能検査(スパイロメトリー)でまず見るのは、%肺活量(%VC)と1秒率(FEV1.0%)の2つです。
- %肺活量:年齢・性別・身長から予測される肺活量に対して、実測が何%か。80%未満で「拘束性」の要素あり。間質性肺炎、胸郭変形、神経筋疾患、肥満などで低下します。
- 1秒率:最大に吸ってから最初の1秒で吐き出せる量の割合。70%未満で「閉塞性」の要素あり。COPD、気管支喘息で低下します。
さらに、予測1秒量に対する実測1秒量の割合(%FEV1.0)で閉塞性障害の重症度を段階づけます。おおまかに、80%以上が軽度、50〜80%が中等度、30〜50%が高度、30%未満が最重度です。
拡散能(DLCO)と動脈血液ガス
肺胞から血液へ酸素が移る効率をみるのが肺拡散能(DLCO)です。予測値の60%未満は、肺切除後の呼吸不全や術後合併症のリスクとして重視されます。間質性肺疾患、肺気腫、肺血管疾患で低下します。
安静時の動脈血液ガスで、PaCO2が高い(慢性II型呼吸不全)、あるいは室内気でPaO2が低い患者は、術後に人工呼吸から離脱しにくく、術中も換気設定に注意が要ります。
リスクが上がる手術・状況
呼吸機能が低下した患者で、術後呼吸器合併症(無気肺、肺炎、再挿管、長期人工呼吸)が増えるのは、次のような状況です。
- 開胸手術、上腹部手術(横隔膜運動が制限される)
- 分離肺換気(片肺換気)を要する手術 ― 虚脱側の再膨張、低酸素、換気側の圧・容量負荷
- 長時間手術、大量輸液
- 高齢、喫煙継続、低栄養、フレイル
ここでモニタリングを足したい
呼吸機能検査で拘束性・閉塞性・拡散能低下・慢性高二酸化炭素血症のいずれかがはっきりしている患者では、次のようなモニタリングの追加が、術中の細かな調整と早期発見に役立ちます。
- 動脈ライン:分離肺換気や開胸では、血液ガスを繰り返し確認できる意味が大きい。血圧の連続監視も兼ねる
- INVOS/NIRS:片肺換気中の低酸素は、SpO2が下がる前に脳の酸素バランスの変化として現れることがある
- (施設で使えれば)分離肺換気中の換気側の気道圧・一回換気量・ドライビングプレッシャーの継続的な監視
追加できるモニタリングの選択肢
弱いところが決まったら、そこが見えるモニタを選びます。低侵襲で足しやすいものから、情報量は多いが手間のかかるものまで幅があります。
| モニタリング | 主に見えるもの | 侵襲・特徴 | 詳しく |
|---|---|---|---|
| 観血的動脈圧(Aライン) | 連続血圧・平均動脈圧・脈圧・波形・血液ガス | 動脈穿刺のみ。多くの重症例で基本 | Aラインの記事 |
| FloTrac/ビジレオ | CO・CI・SV・SVV・SVR(連続) | 動脈ラインのみ。非校正式で絶対値に限界。トレンド向き | 個別記事(後述) |
| PiCCO | CO(校正あり)・血管外肺水分量・全心拡張末期容量 | 動脈ライン+中心静脈。精度が高く肺水分量が独自 | ― |
| 肺動脈カテーテル | CO(熱希釈)・肺動脈圧・楔入圧・混合静脈血酸素飽和度 | 右心・肺動脈へ留置。右心不全・肺高血圧に強いが侵襲大 | ― |
| 経食道心エコー(TEE) | 心収縮・弁・容量・右室・心嚢液をリアルタイムに「見る」 | 情報量は最大。連続的な数値監視には不向き | ― |
| INVOS/NIRS | 前頭葉表層のrSO2(酸素の需給バランス) | センサーを貼るだけ。脳全体でなくトレンドを見る | 個別記事(後述) |
実務では「連続的な数値でトレンドを追うFloTrac/INVOS」と「必要なときに詳しく見るTEE」を組み合わせる使い方が多くなります。
病態別 ― どう組み合わせるか
敗血症・敗血症性ショック
血管が開き、輸液の需要が読みにくく、心筋抑制も起こりうる病態です。動脈ライン+FloTracでCOとSVR、SVVを追い、輸液反応性を見ながら輸液と昇圧薬(ノルアドレナリンなど)を調整します。血管緊張が急変する時期はFloTracの絶対値がずれやすいので、乳酸値や尿量、身体所見と突き合わせます。心機能への不安が強ければTEEやPiCCOへ拡張します。
大量出血が予想される手術
動脈ラインは血圧の連続監視と頻回の血液ガス・ヘモグロビン測定のために、ほぼ必須です。FloTracのSVV/PPVは循環血液量減少の早期サインとして有用で、「血圧が下がる前にSVVが上がる」動きを捉えられます。輸血・輸液の加温と併せて、CEはトランスデューサーの高さ(ゼロ点)と波形の質を継続的に管理します。
低EF・開心術
低EF患者の開心術は、FloTracとINVOSの両方が生きる典型例です。人工心肺離脱の前後で、CO・CIが目標に届いているか、SVRが高すぎて心臓の足を引っ張っていないかを数値で追います。INVOSは送血の偏りや復温時の需給ミスマッチを拾います。ただし人工心肺中は拍動がなく、FloTracの前提(動脈圧波形)が成り立たないため、体外循環中はポンプ流量と混合静脈血酸素飽和度、INVOSを主に見ます。
呼吸機能低下+開胸・分離肺換気
拘束性・閉塞性障害のある患者の開胸・片肺換気では、動脈ラインで血液ガスを繰り返し確認し、換気設定(一回換気量、PEEP、ドライビングプレッシャー、許容的高二酸化炭素血症の範囲)を細かく調整します。INVOSは、片肺換気中の低酸素がSpO2の低下として現れる前に、脳の酸素バランスの変化として先に動くことがあり、早期の対応(換気側のリクルートメント、虚脱側へのCPAPなど)のきっかけになります。

図: 病態別 ― 追加モニタリングの組み合わせ
CEの関わりどころ(共通)
追加モニタリングは、装着と設定の質で結果が大きく変わります。デバイスによらず共通するのは次の点です。
- ゼロ点校正とトランスデューサーの高さ:動脈ラインは大気開放でのゼロ較正と、右房レベル(腋窩中線)への高さ合わせを徹底する。高さがずれれば、FloTracのCOもINVOSの解釈の前提となる灌流圧もずれる
- 波形・信号の質を先に確認:信頼できない波形からは、信頼できる数字は出ない
- ベースラインの記録:INVOSのように「導入前の値からの変化」で読むモニタは、導入前の記録がなければ判断できない
- アラームを患者ごとに設定:初期値のままにしない
- 記録と申し送り:数値のトレンド、介入とその反応、センサー交換の時刻を残し、術後ICUでの評価につなげる
デバイスごとの具体的な確認ポイントは、FloTracとINVOSそれぞれの個別記事にまとめています。
よくある質問
標準モニタリングだけでは足りないのはなぜですか?
入口(酸素化・換気)と全体の圧は見えても、流量(心拍出量)と出口(臓器が実際に受け取っている酸素)が見えにくいためです。予備能の少ない患者では、この2つがいちばん先に崩れます。
EFが保たれていれば安心ですか?
いいえ。EFは左室収縮の目安にすぎません。拡張障害(EFの保たれた心不全)や右室不全は、EFが正常でも隠れます。エコーレポートのE/e′・左房拡大・TAPSE・三尖弁逆流の記載を確認します。
低EFの患者で気をつけることは?
前負荷依存で後負荷に敏感です。輸液は入れすぎるとうっ血し、昇圧薬は足しすぎるとかえって心拍出量が落ちます。狭い幅での管理になります。
呼吸機能検査はどこを見ますか?
%肺活量80%未満(拘束性)、1秒率70%未満(閉塞性)、拡散能(DLCO)予測60%未満、安静時PaCO2高値(慢性II型呼吸不全)です。開胸・上腹部・分離肺換気でリスクが上がります。
結局、何を足せばよいですか?
弱点が循環なら動脈ライン+FloTracで流量と輸液反応性を、脳灌流が乱れやすいならINVOSで脳の酸素の需給を見ます。最終的な適応は麻酔科医が判断します。
まとめ
- 標準モニタリングは「破綻を知る」もの。予備能の少ない患者では、破綻の前が見えるモニタを1つ足す発想が要る
- EFは左室収縮の目安にすぎない。EFが保たれていても拡張障害・右室不全は隠れる。エコーレポートはEFの数字だけで読まない
- 低EFは前負荷依存で後負荷に敏感。心拍出量と輸液反応性が見えると管理の精度が上がる
- 呼吸機能検査は%肺活量・1秒率・拡散能・慢性高二酸化炭素血症を確認。開胸・上腹部・分離肺換気でリスクが上がる
- 足すなら、動脈ライン+FloTracで「流量」を、INVOSで「脳の酸素の需給」を見る
- CEが結果を左右できるのは、ゼロ較正・高さ合わせ・信号の質・ベースライン記録・アラーム・記録
追加モニタリングは「入れれば安心」ではなく、「弱いところを、信頼できる形で見る」ために入れます。個別の読み方は次の記事へ続きます。
所見からの逆引きは、周術期モニタリング トラブル対応リファレンスも合わせてご活用ください。





