迅速導入(RSI)と緩徐導入の違い ― 小児の麻酔導入の特徴とCEの視点

はじめに
麻酔導入には、時間をかけて段階を踏む「緩徐導入」と、誤嚥リスクの高い患者に対して短時間で気道を確保する「迅速導入(RSI:Rapid Sequence Induction)」という2つの型があります。どちらを選ぶかを分けるのは、主に誤嚥のリスクです。
さらに、小児の麻酔導入は成人の縮小版ではありません。気道の解剖や酸素化の予備能が成人と異なるため、導入の進め方そのものの考え方が変わります。
この記事では、緩徐導入とRSIの違い、RSIの適応と手順、そして小児の麻酔導入が成人とどう違うのかを、CEの視点で整理します。標準的な麻酔導入の流れと薬剤タイミングについては麻酔導入の薬剤とタイミングも参照してください。数値はすべて目安で、実際の投与・手技は患者の状態と添付文書、施設プロトコル、指示医の判断が優先されます。
この記事でわかること
- 緩徐導入と迅速導入(RSI)で何が違うのか
- RSIの適応(どんな患者に行うか)と手順
- 小児の気道解剖・生理が成人とどう違うのか
- 小児の導入方法(吸入導入・静脈導入)とCEが確認すること
緩徐導入と迅速導入(RSI)― 何が違うのか
どちらも最終的には気管挿管に至りますが、途中の考え方が大きく異なります。もっとも大きな違いは、薬剤投与後にマスク換気を確認してから筋弛緩薬の発現を待つか、それとも誤嚥リスクを避けるためにマスク換気を原則試みずに進めるかという点です。

図: 緩徐導入と迅速導入(RSI)― 流れの違い(模式図)
| 緩徐導入 | 迅速導入(RSI) | |
|---|---|---|
| 前酸素化 | 3〜5分程度、通常の一回換気量で | より十分に(可能であれば深呼吸を活用) |
| マスク換気 | 意識消失後にマスク換気ができることを確認してから進む | 原則試みない(誤嚥リスクを避けるため) |
| 筋弛緩薬の用量 | ロクロニウム 0.6〜0.9 mg/kg 目安 | ロクロニウム 0.9〜1.2 mg/kg 目安(発現を速くするため多め) |
| 輪状軟骨圧迫 | 通常は行わない | 施設・術者により考え方が分かれる(近年は有効性に一致した見解がないとの議論もある) |
| 適したタイミング | 誤嚥リスクが低い待機手術 | フルストマック、緊急手術など誤嚥リスクが高い場面 |
RSIの適応 ― どんな患者に行うか
RSIは、胃内容物が誤嚥性肺炎につながるリスクが高いと判断される患者に行います。代表的な場面は次のとおりです。
- 絶食時間が不十分(緊急手術、外傷など予定外の手術)
- 腸閉塞・イレウス、消化管出血などで胃内容の停滞が疑われる
- 重症のGERD(胃食道逆流症)
- 妊娠後期(子宮の増大により胃内圧が上がりやすいとされる)
- 高度肥満(腹圧の上昇、食道裂孔ヘルニアの合併などが理由に挙げられる)
- 意識障害・イレウスなど嚥下や排出機能が保てない状態
これらに該当するかどうかは麻酔科医が術前に評価しますが、CEは「この症例はRSIになりそうか」を早めに共有されることで、吸引・薬剤の準備を前倒しできます。
術前絶飲食の時間 ― どのくらい空ければ安全か
日本麻酔科学会「術前絶飲食ガイドライン」(2012年7月)に基づく、待機的手術における絶飲食時間の目安です。RSIの適応を判断する「絶食時間が不十分」の基準にもなります。
| 摂取物 | 絶飲食時間の目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 清澄水(水・お茶、果肉を含まない果物ジュース、ミルクを含まないコーヒーなど) | 2時間 | 推奨度A。年齢を問わず。目安として体重あたり10 mL、または患者が飲める範囲 |
| 母乳 | 4時間 | 推奨度C |
| 人工乳・牛乳 | 6時間 | 推奨度C |
| 軽食(トーストを食べ清澄水を飲む程度) | 6時間以上 | 固形食全般の明確な基準はないが、軽食はこの目安 |
| 揚げ物・脂質の多い食物・肉 | 8時間以上 | 胃内停滞が長くなるとされる |
清澄水として使えるのは、水・お茶・果肉を含まないアップルやオレンジジュース・ミルクを含まないコーヒーなどです。浸透圧や熱量が高い飲料、アミノ酸含有飲料は胃排出が遅くなる可能性があるため注意が必要とされ、脂肪含有飲料・食物繊維含有飲料・アルコールは清澄水に含めません。
このガイドラインは待機的手術の患者を対象としたものです。消化管狭窄・消化管機能障害のある患者、気道確保困難が予想される患者、緊急手術の患者、リスクの高い妊婦(陣痛がある場合、胎児心拍数に異常がある場合など)には、この絶飲食時間をそのまま適応せず、患者の状態に応じて対応します。こうした患者は、上で述べたRSIの適応とも重なります。
RSIの手順
- 十分な前酸素化:通常より丁寧に、可能であれば深呼吸を活用して酸素化を高めておく
- モニタ・吸引の準備確認:ECG・SpO2・NIBP・EtCO2、そして即座に使える吸引
- プロポフォールとロクロニウム(多め)をほぼ同時に投与:発現を速め、無防備な時間を短くする
- マスク換気は原則試みない:胃内容が押し込まれ誤嚥につながることを避けるため
- 輪状軟骨圧迫の要否を判断:施設プロトコル・術者の方針による
- 速やかに喉頭展開・気管挿管:時間をかけずに、計画していた器具で進める
- カフの加圧とチューブ位置の確認:EtCO2波形・聴診で確実に確認する
輪状軟骨圧迫(Sellick法)とBURP法は別の手技
RSIの手順にある「輪状軟骨圧迫」は、喉頭鏡の視野を良くするための手技と混同されることがありますが、対象の軟骨も目的も異なります。
- 輪状軟骨圧迫(Sellick法):輪状軟骨を後方へ圧迫し、後方を通る食道を圧迫・閉塞することで、胃内容物の逆流・誤嚥を防ぐ目的で行う。意識下でおよそ10N、意識消失後はおよそ30Nの圧が目安とされる(Sellick BA. Lancet. 1961)
- BURP法(甲状軟骨圧迫):輪状軟骨より頭側にある甲状軟骨を、後方→上方→右方の順に圧迫する手技。目的は誤嚥予防ではなく、喉頭鏡使用時の声門視野の改善(Knill RL. Can J Anaesth. 1993)

図: 輪状軟骨圧迫(Sellick法)とBURP法(甲状軟骨圧迫)の違い
両者を併用すると、約30%の症例でかえって声門視野が悪化したという報告があり(Snider DD, et al. Can J Anaesth. 2005)、ルーチンでの併用を支持する根拠は乏しいとされています。
小児の麻酔導入はなぜ違うのか ― 解剖・生理の特徴
小児、特に乳幼児の気道は、成人と比べていくつかの点で構造が異なります。これが導入の進め方に直接影響します。
- 酸素化の予備能が少ない:機能的残気量(FRC)が体格の割に小さく、酸素消費量は体重あたりで成人より多いとされます。そのため無呼吸になってから低酸素になるまでの時間が短く、導入時の酸素化管理がよりシビアになります
- 迷走神経反射が出やすい:喉頭鏡操作や低酸素刺激で徐脈になりやすいとされ、急激な徐脈に備えてアトロピンなど対応薬をすぐ使える状態にしておきます
- 静脈路の確保が難しいことが多い:体格や協力度により、覚醒したままの静脈路確保が難しい場面が多く、これが後述する吸入導入が主体になる理由のひとつです

図: 小児と成人の気道解剖の違い(実写風イラスト)
小児の導入方法 ― 吸入導入と静脈導入
| 吸入導入(マスク導入) | 静脈導入 | |
|---|---|---|
| 主な場面 | 静脈路がまだない小児で第一選択になることが多い | あらかじめ静脈路が確保できている、または協力が得られる場合 |
| 使う薬剤 | セボフルランをマスクから吸入させ、徐々に、または高濃度から意識消失させる | プロポフォールなど、成人と同様の静注薬を体重換算で使用 |
| 特徴 | 痛みを伴わず開始できる。啼泣・体動があると導入がスムーズにいかないことがある | 発現が速く確実。事前の静脈路確保・固定に協力が必要 |
| CEが関わる点 | 気化器の設定、モニタ装着のタイミング(啼泣中は後回しにする配慮) | ポンプ・希釈濃度、体重に応じたチューブ・マスクサイズの準備 |
意識消失後に静脈路を確保し、以降は成人と同様に筋弛緩薬などを投与して気道確保に進むという「吸入導入から静脈路確保への橋渡し」が、小児の緩徐導入では一般的な流れです。薬剤量はすべて体重換算が基本で、成人の用量をそのまま比例縮小できない薬剤もあるため、小児用の換算表や添付文書の確認が欠かせません。
小児のRSI ― 成人との違い
フルストマックの小児(緊急手術、直近の食事など)ではRSIに準じた対応が必要になります。基本的な考え方は成人と同じですが、次の点に注意が必要です。
- 酸素化の予備能が少ないため、前酸素化と迅速な気道確保の両立がより重要になる
- 体格差が大きく、体重換算での用量・チューブサイズの選択ミスが起こりやすい
- 輪状軟骨圧迫は、小児でも有効性について一致した見解はなく、気道の変形につながる懸念から慎重に行う、とする考え方もあります
- 啼泣・不安が強い状態での導入は、誤嚥リスクの評価そのものを難しくすることがある
CEが確認すること
- RSI共通:吸引がすぐ使える状態か、薬剤の希釈・ダブルチェック、挿管困難時の代替器具(特殊な挿管と困難気道(DAM)を参照)
- 小児:体重に応じたチューブ・マスク・喉頭鏡ブレードのサイズ準備、迷走神経反射に備えたアトロピンなどの準備、保温(体表面積が大きく体温が下がりやすい)
- 導入前のモニタ装着は、啼泣・体動で装着自体が難しいことがあるため、可能な範囲で順序やタイミングに配慮する
- 誤嚥・迷走神経反射・急な低酸素化など、成人とは異なる「起こりやすいこと」を想定して物品を並べておく
まとめ
- 緩徐導入とRSIの最大の違いは、マスク換気を確認してから進めるか、誤嚥リスクを避けるため試みずに進めるかという点
- RSIはフルストマック・イレウス・妊娠後期・緊急手術など誤嚥リスクが高い場面で選ばれる
- 小児は酸素化の予備能が少なく、迷走神経反射が出やすく、静脈路確保が難しいことが多い
- 小児の緩徐導入は吸入導入(セボフルラン)から静脈路確保への橋渡しが一般的
- CEは成人RSI・小児導入それぞれで異なる「起こりやすいこと」を想定した準備に関わる
数値は目安です。適応・手技・用量は、患者の状態と各薬剤の添付文書、施設プロトコル、指示医の判断を優先してください。
よくある質問
迅速導入(RSI)ではなぜマスク換気を試みないのですか?
意識消失後、気管挿管が完了するまでの間にマスクで陽圧換気を行うと、胃内にガスが入り、内圧が上がって誤嚥につながる可能性があるためです。そのため前酸素化を十分に行い、マスク換気を経由せずに速やかに挿管する方針が取られます。
輪状軟骨圧迫(Sellick法)は必ず行うのですか?
施設・術者によって考え方が分かれます。誤嚥予防の効果について近年は一致した見解がないとの議論もあり、行うかどうか、行う場合の圧のかけ方は施設プロトコルに従います。
小児はなぜ吸入導入が多いのですか?
覚醒したままの静脈路確保が難しい小児が多いためです。痛みを伴わずに開始できるセボフルランによる吸入導入で意識消失させたあとに静脈路を確保し、以降は成人と同様の流れに進むことが一般的です。
小児の導入で特に注意することは何ですか?
酸素化の予備能が少なく低酸素になるまでの時間が短いこと、迷走神経反射による徐脈が出やすいこと、体重換算での用量・サイズ選択が必要なことです。
小児でもRSIを行うことはありますか?
はい。フルストマックや緊急手術など誤嚥リスクが高い小児では、成人に準じた考え方でRSIに近い対応が取られます。ただし酸素化の予備能の少なさや体格差への配慮が、成人以上に重要になります。
参考
- プロポフォール、ロクロニウム、セボフルラン、アトロピンの添付文書
- 公益社団法人日本麻酔科学会「術前絶飲食ガイドライン」(2012年7月)
- Sellick BA. Cricoid pressure to control regurgitation of stomach contents during induction of anaesthesia. Lancet. 1961;2(7199):404-406.
- Knill RL. Difficult laryngoscopy made easy with a “BURP”. Can J Anaesth. 1993;40(3):279-282.
- Snider DD, Clarke D, Finucane BT. The “BURP” maneuver worsens the glottic view when applied in combination with cricoid pressure. Can J Anaesth. 2005;52(1):100-104.
- 迅速導入(RSI)・小児麻酔に関する成書・総説





