分離肺換気 ― ダブルルーメンチューブと気管支ブロッカーの基本

はじめに
開胸手術では、手術する側の肺を「しぼませて」術野を確保し、反対側の肺だけで換気を続けることがあります。これが分離肺換気(片肺換気)で、そのために使うのがダブルルーメンチューブ(DLT)と気管支ブロッカーです。
分離肺換気は、通常の挿管より位置合わせがシビアで、片肺だけで換気する間は低酸素になりやすく、体位変換や手術操作でチューブがずれやすい――という特徴があります。臨床工学技士(CE)は、デバイスの準備、気管支鏡による位置確認の介助、低酸素時の換気サポートで深く関わります。
この記事では、2つのデバイスの違い、位置確認の考え方、片肺換気中に起こることと対応を整理します。手技と適応判断は麻酔科医が行うものであり、本記事は機器に関わる立場からの整理です。
ポイント
- 分離肺換気の目的は「術野の確保」「健側肺の保護」「換気の分離」
- DLTは左右・サイズの選択がある。左用が使われることが多い
- 気管支ブロッカーは通常の単管チューブに追加でき、小児や挿管困難例で有利
- 位置確認は聴診だけでは不十分。気管支鏡での確認がほぼ必須
- 片肺換気中の低酸素は「FiO2を上げる → 位置確認 → 非換気側CPAP/換気側PEEP → 手術中断依頼 → 両肺換気に戻す」の順で対応
分離肺換気の目的
- 術野の確保:食道・肺・大血管・脊椎(側方進入)などの手術で、しぼんだ肺があると操作しやすい
- 健側肺の保護:出血・膿・洗浄液が反対の肺へ流れ込むのを防ぐ(肺膿瘍、大量喀血、片側の肺胞蛋白症の洗浄など)
- 換気の分離:気管支胸膜瘻や片肺の大きなリークがあるとき、左右で違う換気をする
2つのデバイス
ダブルルーメンチューブ(DLT)
太い1本のチューブに2つの内腔があり、一方は気管に、もう一方は左右いずれかの主気管支に入ります。気管カフと気管支カフの2つのカフでシールし、左右を独立して換気・虚脱できます。
- 左用/右用:右主気管支は上葉枝の分岐が近いため、右用は上葉換気孔の位置合わせがシビア。特別な理由がなければ左用が選ばれることが多い
- サイズ:体格・性別・身長や、画像上の気管・主気管支径から選ぶ。細すぎると気道抵抗・吸引困難、太すぎると気道損傷のリスク
- 利点:左右の吸引・CPAPが独立してでき、虚脱・再膨張の切り替えが速い
- 欠点:太く、挿管困難例では入れにくい。術後に単管へ入れ替えることがある
気管支ブロッカー
通常の単管チューブの中(または横)を通し、風船(バルーン)で片側の主気管支をふさいで、その先の肺を虚脱させます。
- 利点:通常の挿管に追加できる。挿管困難例、小児、すでに単管で挿管されている症例、術後も換気を続けたい症例で有利
- 欠点:虚脱に時間がかかる、位置がずれやすい、片側の吸引が限られる、再膨張・虚脱の切り替えがDLTより遅い

図: 分離肺換気の2つのデバイスと位置(模式図)
位置確認 ― 聴診+気管支鏡
挿入後、まず聴診で左右の換気を大まかに確認します。しかし聴診だけでは、カフの深さや上葉枝の閉塞まではわかりません。気管支鏡で、気管分岐部(カリーナ)と、カフ・換気孔の位置を直接見るのが標準です。
- DLT(左用):気管側から見て、気管支カフの上端がカリーナのすぐ下に見える。左気管支側から上下葉の分岐が見える
- ブロッカー:バルーンが目的側の主気管支にあり、カリーナを越えて反対側に出ていない
CEは、気管支鏡の準備(画像・光源・吸引・曇り止め・洗浄滅菌)、記録、体位変換後の再確認の介助を担います。
片肺換気中に起こること
換気していない側の肺にも血液は流れ続けるため、その血液は酸素化されずに戻ってきます(シャント)。低酸素性肺血管攣縮(HPV)という反応が、非換気側の血流をある程度減らして補いますが、それでも動脈血の酸素分圧は下がりやすくなります。
さらに、換気側の1つの肺に全換気量を入れるため、気道内圧・駆動圧が上がりやすく、健側肺にも負担がかかります。
低酸素時の対応(順序)
SpO2が下がったら、慌てず順に確認します。
- FiO2を上げる(必要なら1.0まで)
- チューブ位置を確認する(気管支鏡)。ずれ・カフの過膨張・上葉閉塞がないか
- 換気側にPEEPを付加し、無気肺を減らす
- 非換気側にCPAP(低圧の酸素)を軽くかける。虚脱が緩むので術者と相談。CPAPで足りなければ非換気側へのジェットベンチレータ(HFJV)併用も検討する
- 改善しなければ術者に一時的な肺の再膨張/手術中断を依頼する
- それでも保てなければ両肺換気に戻す
ジェットベンチレータは、死腔以下の少量ガスを毎分数十〜数百回の速さで噴射する方法です。非換気側の肺をほとんど動かさずに酸素を送れるため、術野を乱さずに低酸素を改善できることがあります。酸素化は保ちやすい一方、二酸化炭素の排出は設定しだいで、EtCO2モニタは当てになりません。呼気の逃げ道がふさがると圧損傷(気胸など)のリスクがあるため、専用機と監視が前提です。詳しくは別記事「ジェットベンチレータの基本」で解説します。
「まずFiO2、次に位置、それから換気の工夫」という順序を、チームで共有しておきます。
位置ずれと体位変換
側臥位への体位変換で、チューブは数cm動きます。体位が決まったら必ず気管支鏡で再確認します。手術操作(肺の牽引、縦隔の圧排)でもずれるため、SpO2低下や気道内圧の急変があれば、まず位置を疑います。
換気設定の考え方
片肺に全換気量を入れるため、一回換気量は控えめにし、必要な分時換気量は呼吸回数で補います。気道内圧(特にプラトー圧)と駆動圧を見ながら、健側肺を痛めない範囲で設定します。適正なPEEP、こまめなリクルートメント、こまめな吸引が、無気肺と低酸素の予防になります。
CEが確認すること
- デバイスの選択(左右・サイズ)、カフの点検、潤滑、スタイレット
- 気管支鏡一式(画像・光源・吸引・曇り止め・洗浄滅菌・予備)
- 挿入後・体位変換後の位置確認の介助と記録
- 片肺換気中:FiO2、気道内圧・駆動圧、SpO2、EtCO2、カフ圧
- 低酸素時の手順(FiO2→位置→PEEP/CPAP→中断依頼→両肺換気)の共有
- 術後にDLTを単管へ入れ替える場合の準備
まとめ
- 分離肺換気は術野確保・健側肺の保護・換気の分離のために行う
- DLTは左右独立の操作性が高い、ブロッカーは追加が容易で挿管困難例に有利
- 位置確認は聴診に頼らず気管支鏡で。体位変換後は必ず再確認
- 片肺換気中はシャントで低酸素になりやすい。対応は順序を決めて動く
- 換気は一回換気量控えめ+PEEP+こまめなリクルートメントで健側肺を守る
分離肺換気は、CEの準備と位置確認の介助が安全に直結する領域です。片肺換気中の所見は周術期モニタリング トラブル対応リファレンスの「麻酔器・回路・気道」カテゴリや、SpO2・カプノのカテゴリも参照してください。この記事は周術期の気道管理デバイス 総まとめの一部です。





