麻酔器の始業点検とリークテスト ― 何を、なぜ、どの順で確認するか

はじめに
麻酔器は、患者の呼吸そのものを機械が肩代わりする装置です。だからこそ、麻酔導入の前に「今日この麻酔器は安全に使えるか」を確認する始業点検は、手術室の1日の中でもっとも省略してはいけない作業のひとつです。
近年の麻酔器は電源投入時に自動チェック(セルフテスト)を行いますが、自動チェックがすべてを見てくれるわけではありません。用手換気バッグ、二酸化炭素吸収剤、予備の酸素ボンベ、吸引の準備など、人の目と手で確認すべき項目が残ります。
この記事では、始業点検で確認する項目を「なぜそれを見るのか」とセットで整理し、特につまずきやすいリークテスト(気密試験)の考え方をまとめます。具体的な操作手順は機種で異なるため、必ず各機種の添付文書と自施設のチェックリストに従ってください。
ポイント
- 自動セルフテストは「回路の気密」「ガス供給」「センサー」などを見るが、人による確認項目が別に残る
- リークテストは「回路が閉じているか」を陽圧または陰圧で確認する試験
- 二酸化炭素吸収剤(ソーダライム)の色と量、一方向弁の動き、予備酸素は自動では代替できない
- 「換気できない」トラブルの多くは、始業点検で拾えたはずの回路トラブル
- 点検で異常が出たら、原因が特定・是正できるまでその麻酔器は使わない
始業点検の全体像
大きく分けると、確認対象は次の6系統です。
| 系統 | 主な確認内容 | なぜ見るか |
|---|---|---|
| ガス供給 | 中央配管圧、予備酸素ボンベの残圧、亜酸化窒素遮断(O2フェイルセーフ)、低酸素防止機構 | 供給が途絶えても酸素を保てるか |
| 呼吸回路 | 接続、蛇管・Yピース、フィルタ、気密(リークテスト)、一方向弁 | 送った換気量が患者に届き、逆流しないか |
| 二酸化炭素吸収 | ソーダライムの色・量、キャニスタの装着 | 再呼吸を防げるか |
| 換気装置 | ベローズ/ピストンの動き、換気モードとアラーム設定 | 設定どおりに換気できるか |
| モニタ・センサー | 酸素濃度センサー、気道内圧計、カプノ、換気量計 | 異常を検知できるか |
| 付帯設備 | 用手換気手段、吸引、余剰ガス排除(スカベンジング) | 機械が止まっても換気を継続できるか |
順番の原則は「上流(ガス供給)から下流(患者側)へ」「機械が使えない前提の代替手段を最初に確保する」です。

図: 始業点検で確認する6系統と機器の模式図
代替換気手段を最初に確保する
始業点検で最初に確認したいのは、麻酔器が使えなくなっても患者を換気できる手段です。
- 自己膨張バッグ(バッグバルブマスク)が手の届く場所にあり、作動するか
- 予備の酸素ボンベに十分な残圧があり、開閉できるか
- 吸引が陰圧を発生し、カテーテルが用意されているか
回路トラブルで「換気できない」となったとき、麻酔器から切り離して自己膨張バッグで換気できれば、原因が回路系か患者系かを一気に切り分けられます。この一手が使える状態かどうかを、導入前に確かめておきます。
リークテスト(気密試験)の考え方
リークテストは、呼吸回路のどこかに大気へ漏れる穴がないかを確認する試験です。方式は大きく2つあります。
陽圧法(低流量リークテスト)
APL弁を閉じ、Yピースを閉塞し、酸素フラッシュや低流量で回路内を一定圧(機種により30cmH2O前後)まで加圧して、少なくとも10秒間圧が保持されるかを見ます。圧が急に下がるなら、その圧より上流のどこかに漏れがあります。
陰圧法
専用の吸引球(サクションバルブ)で回路内を陰圧にし、その陰圧が一定時間保たれるかを見ます。陽圧法では見つけにくい一方向弁のわずかな不具合を拾えることがあります。
よくある漏れの場所
- 蛇管・Yピース・フィルタの差し込み不足
- 二酸化炭素吸収キャニスタの装着不良、パッキンの劣化
- 加湿器・ネブライザ接続部
- APL弁、ベローズハウジングのシール
- 気化器の取り付け部(気化器を1つずつオン/オフして切り分ける)
漏れが見つかったら、上流から順に増し締め・差し直しをして再試験します。是正できないまま使うと、設定した換気量が患者に届かず、揮発性麻酔薬の濃度も安定しません。

図: 呼吸回路の構成とリークの好発部位(模式図)
自動チェックが見てくれない項目
二酸化炭素吸収剤(ソーダライム)
自動テストは気密は見ますが、吸収剤が「まだCO2を吸えるか」までは判定しません。インジケータの色(消耗すると変色)、キャニスタ内の量、前の症例からの使用時間を目で確認します。消耗した吸収剤を使うと、カプノのベースラインが上がる再呼吸が起こります。低流量麻酔ほど消耗は早く進みます。
一方向弁(吸気弁・呼気弁)
弁の開閉が回路の一方向性を担保します。固着・変形・水滴の付着で不具合が起こると、再呼吸や換気不良につながります。テスト換気の際に、弁が呼吸に合わせて動いているかを目視します。
用手換気バッグとAPL弁
バッグに破れがないか、APL弁が全域でスムーズに動き、閉め切ったときに保圧できるかを確認します。APL弁の閉め忘れ・閉めすぎは、導入後の気道内圧トラブルの典型的な原因です。
気化器
残量、確実な装着、複数気化器のインターロック(同時に2つ開かない機構)を確認します。
テスト換気で仕上げる
最後に、テスト肺(模擬肺)を付けて実際に数回換気し、次を確認します。
- 設定した換気量・気道内圧が表示され、胸(テスト肺)が膨らむ
- カプノ波形が出る(テスト肺内のCO2がなくても、回路の応答は確認できる)
- 各アラーム(低圧、無呼吸、酸素濃度下限など)が意味のある値に設定されている
- ベローズが最後まで戻る(戻りが悪ければリークか新鮮ガス不足)
点検で異常が出たときの原則
始業点検の目的は「合格させること」ではなく「異常を見つけること」です。異常が出たら、
- 原因を特定する(切り分け)
- 是正して再試験する
- 是正できなければ、その麻酔器は使わず予備機に切り替える
「毎日通っているから今日も大丈夫だろう」で流さないことが、結果的にいちばん安全です。
まとめ
- 点検は「上流から下流へ」「代替換気手段を最初に確保」
- リークテストは回路の気密確認。陽圧法/陰圧法があり、漏れは上流から潰す
- ソーダライムの色・量、一方向弁の動き、APL弁、予備酸素は人が見る
- テスト換気で換気量・カプノ・アラーム・ベローズの戻りを最終確認
- 異常時は、是正できるまで使わない
麻酔器・回路のトラブルを所見から引くには、周術期モニタリング トラブル対応リファレンスの「麻酔器・回路・気道」カテゴリを参照してください。
始業点検と院内の定期点検の違い
この記事で扱う始業点検は、症例ごと・その日の使用直前に行う確認です。これとは別に、多くの施設ではCE部門が担当する定期的な保守点検(法定点検・院内点検)があります。定期点検は一定間隔で機器全体の性能・安全性を確認するもので、始業点検の代わりにはなりません。始業点検で異常が見つかった場合は、定期点検のタイミングを待たず、その場で使用を中止し是正・報告します。
参考
- 公益社団法人 日本麻酔科学会「麻酔器の始業点検」(2022年10月改訂第6版)
- 使用する麻酔器の機種別添付文書・取扱説明書





