MEP(運動誘発電位)モニタリングとは?

はじめに
整形外科や脳神経外科の手術において、神経損傷を早期に検出し、術後の麻痺や合併症を防ぐ目的で「術中神経モニタリング」が広く行われています。その中でも特に重要な手法が MEP(Motor Evoked Potential:運動誘発電位)モニタリング です。 MEPは、術中に中枢神経から末梢までの運動経路が保たれているかをリアルタイムに評価できる手法であり、臨床工学技士や麻酔科医、術者が連携して安全な手術を支える大切な役割を担っています。 この記事では、MEPモニタリングの基本、麻酔管理の注意点、刺激条件の考え方などを、臨床工学技士、麻酔科医にわかりやすく解説します。 ポイント ・中枢から末梢までの運動経路を評価できる ・リアルタイムで変化を捉えられる ・麻酔薬や筋弛緩薬の影響を強く受けるMEPモニタリングとは?
MEPは、経頭蓋的に電気刺激を与え、その反応を末梢筋から導出する検査方法です。 脳の運動野を刺激 → 脊髄の錐体路を介して信号が伝導 → 末梢神経・筋から電位を記録、という流れになります。特徴
- 運動経路全体を評価できる(脳~脊髄~末梢神経~筋肉)
- 即時性が高く、術中の神経障害をリアルタイムに検出可能
- ただし、麻酔薬や筋弛緩薬の影響を強く受ける
MEPの刺激方法と設定値
経頭蓋電気刺激(TES)
最も一般的な方法で、頭皮上に置いたスクリュー電極から強いパルス電流を流します。 反応は末梢筋から導出されます。 国際10/20法によるC3・C4の位置に電極を配置します Czから20%ずつ左右にいった点がC3・C4になりますが、おおむね成人であれば左右7cmの点に置いておけば良いとされています。

図: MEPモニタリング:脳(運動野)→脊髄錐体路→末梢神経→筋肉(電極)の刺激から記録までの流れ
刺激強度の使い分け ― 最大上刺激と閾値上刺激
MEPの刺激強度は、常に一律というわけではありません。診療科・手術の目的によって、「最大上刺激」と「閾値上刺激」が使い分けられています。- 最大上刺激(Supramaximal Stimulation)
- 目標とする筋の反応がそれ以上大きくならない強度まで、余裕を持って刺激を上げる方法
- 主に整形外科領域(脊椎矯正・固定術など)で用いられる
- 長時間の手術中、安定して再現性の高い反応を得られることが利点。刺激閾値の変動(体位・体温・麻酔深度など)に影響されにくく、経過を通じて一貫した評価がしやすい
- 刺激電圧の目安:300〜500V程度。個々の閾値によらず、装置の出力上限に近い値まで用いることもある
- 閾値上刺激(Near-threshold Stimulation)
- 運動反応が得られるギリギリの閾値付近、わずかに上回る強度で刺激する方法
- 主に脳神経外科領域、特に運動野近傍の脳腫瘍摘出術など、麻痺のない患者さんの運動機能を温存する目的で行う手術で用いられることがある
- 最大上刺激では多くの運動単位が動員されるため、経路にわずかな機能低下が生じても反応そのものは維持されやすく、変化を見逃すリスクがある。閾値付近の刺激強度で管理することで、閾値の上昇や振幅のわずかな低下を、より鋭敏な「早期警告サイン」として捉えられる
- 刺激電圧の目安:個々の患者の運動閾値をその都度測定し、閾値+10〜20%程度に設定する。閾値は患者差(頭蓋骨の厚さ、麻酔深度など)が大きいが、最大上刺激で用いる300〜500Vより低い電圧で反応が得られることが多い

図: 刺激強度の使い分け:最大上刺激(整形外科・300〜500V程度)と閾値上刺激(脳神経外科・閾値+10〜20%程度)
MEPに影響する因子
- MEPに影響する因子
- MEPは非常にデリケートなモニタリングであり、多くの因子で振幅が変化します。
- 麻酔薬
- 吸入麻酔薬(セボフルラン、デスフルランなど):強く抑制 → 使用は最小限
- 静脈麻酔薬(プロポフォール、レミフェンタニル):比較的影響が少ないため推奨
- 筋弛緩薬
- 去極化・非去極化ともにMEP反応を消失させる
- 原則として使用しない、もしくは導入時のみに限定←施設によっては導入後リバース
- 体温・血圧・酸素化
- 低体温、低血圧、低酸素・高二酸化炭素血症 → 反応が減弱
- 患者要因
- 頭蓋骨の厚さや個人差によって必要刺激電圧が変わる
麻酔管理の基本方針
MEPモニタリングを成功させるためには、麻酔の組み立てが非常に重要です。- 1.導入
- プロポフォール+オピオイド(レミフェンタニルなど)
- 挿管時のみロクロニウムなどを使用(以降は追加しない)
- 2. 維持
- TIVA(Total Intravenous Anesthesia)が第一選択。レミマゾラム等でもモニタリング可能との報告もある(麻酔科学会誌 掲載論文)
- プロポフォール持続投与(TCIやTIVAポンプ)
- レミフェンタニル併用
- 吸入麻酔薬は可能な限り避ける(必要時は0.5 MAC未満)
- 3. 筋弛緩薬
- 手術操作上やむを得ない場合を除き、追加禁止
- 術中はTOFモニタリングで残存筋弛緩がないことを確認
- 4. 生理学的因子の安定化
- 血圧:低血圧を避ける。大血管手術で脊髄虚血が疑われる場合は、少なくとも80mmHg(絶対値)を維持することが専門家意見として推奨されている(一般演目としてベースラインの割合で示した基準ではない)
- 体温:36℃以上を維持
- 酸素化・換気を適正に保つ
写真: プロポフォールのTCIポンプ。MEPモニタリングではTIVAが基本
実際のMEP
下図が実際のMEP波形です。
MEPモニタリングでよく使われる筋肉の名称一覧(上肢)
| 略称 | 英語正式名称 | 日本語名称 | 部位・特徴 |
| APB | Abductor Pollicis Brevis | 短母指外転筋(たんぼしがいてんきん) | 親指の付け根。親指を立てる動き。 |
| BR | Brachioradialis | 腕橈骨筋(わんとうこつきん) | 前腕の外側。肘を曲げる動き。 |
| Biceps | Biceps Brachii | 上腕二頭筋(じょうわんにとうきん) | 力こぶ。肘を曲げる、腕を回す動き。 |
| Deltoid | Deltoid muscle | 三角筋(さんかくきん) | 肩を覆う大きな筋肉。腕を上げる動き。 |
各筋肉のポイント

- APB(短母指外転筋) 手のひらの親指のふくらみ(母指球)にある筋肉です。スマートフォンの操作や物を掴む際に、親指を手のひらから垂直に持ち上げる動作を担います。

- BR(腕橈骨筋) 前腕(肘から手首の間)にあり、親指側のラインを通っている筋肉です。ハンマーを振るような、手のひらを横に向けた状態で肘を曲げる時に強く働きます。

- Biceps(上腕二頭筋) いわゆる「力こぶ」です。「長頭」と「短頭」の2つの束に分かれているのが特徴です。肘を曲げるだけでなく、手のひらを上に向ける(回外)動作でも重要です。

- Deltoid(三角筋) 肩の関節を前・横・後ろから包み込む筋肉です。前部・中部・後部の3つの繊維に分かれており、それぞれ腕を前に出す、横に広げる、後ろに引くといった多様な動きを制御します。
MEPモニタリングでよく使われる筋肉の名称一覧(下肢)
腰椎手術では、脊髄そのものではなく馬尾・神経根が手術部位となるため、上肢筋ではなく下肢筋を中心にモニタリングします。| 略称 | 英語正式名称 | 日本語名称 | 部位・特徴 |
| Quad | Quadriceps femoris | 大腿四頭筋(だいたいしとうきん) | 太もも前面。膝を伸ばす動き。 |
| TA | Tibialis Anterior | 前脛骨筋(ぜんけいこつきん) | すねの前外側。足関節を上げる(背屈)動き。 |
| AH | Abductor Hallucis | 母趾外転筋(ぼしがいてんきん) | 足の内側、母趾の付け根。母趾を外に開く動き。 |

- Quad(大腿四頭筋) 太もも前面を占める筋肉群です。膝を伸ばす動作を担い、腰椎の中でも上位(L2〜L4)の神経根が支配しています。
- TA(前脛骨筋) すねの前外側にあり、足関節を上に持ち上げる(背屈)動作を担います。L4〜L5神経根の評価に適しており、腰椎手術で特によく使われる筋肉の一つです。
- AH(母趾外転筋) 足の内側、母趾の付け根にある筋肉です。S1神経根の評価に用いられ、腰椎手術における下位神経根のモニタリングに欠かせません。
頸椎手術と腰椎手術でモニタリングする筋肉の違い
上肢筋(APB・BR・Biceps・Deltoidなど)が「上肢メイン」に見えるのは、これらが主に頸椎手術で評価される筋肉だからです。頸髄は上肢・下肢どちらへ向かう運動路も通っているため、頸椎手術では上肢筋を中心に評価しつつ、必要に応じて下肢筋も併用します。 一方、脊髄(脊髄円錐)はおおむねL1〜L2の高さで終わり、それより尾側は馬尾・神経根の領域になります。そのため腰椎手術では、上肢筋を評価する意味がなく、Quad・TA・AHなど下肢筋を中心に評価することになります。
実際のMEP波形
MEPモニタリング時の注意点
- けいれん・咬傷のリスク
- 強い電気刺激により咬筋が収縮 → 舌や口腔粘膜を損傷することがある
- 場合によりバイトブロックの挿入が必要
- 刺激部位の皮膚損傷
- 高電圧刺激により電極部の熱傷リスクあり
- 電極を密着させ、皮膚の抵抗を下げる工夫が必要
- 偽陰性・偽陽性の可能性
- 麻酔深度や低体温、低血圧による振幅低下を神経損傷と誤認しないよう注意
- 生理学的因子と併せて総合的に評価する
- チームでの情報共有
- 反応低下を検知した場合は、術者・麻酔科医・モニタリング担当者が速やかに連携
- 偽陰性等の可能性もあるため、反応がうまく出ない時は何度か刺激をして本当に波高値が低下しているかどうか確認
術中の注意点
- 咬傷リスク:強刺激により咬筋収縮
- 皮膚損傷:ハリ電極の長時間の固定による皮膚損傷、出血など
- 偽陽性・偽陰性:麻酔深度や低血圧による振幅低下を誤認しない
- ベースラインからの低下率:不可逆的な波高値の低下を認める場合は直ちに術者に報告する。アラームポイント(脊椎手術で50%、脳外科手術で50〜80%など)は施設・術式により異なり、統一された基準はないため、事前に施設内の基準を確認しておく
- 導入時に筋弛緩を使用している場合:ガイドライン上はTOFモニタでT4/T1比が0.6以上に回復したことを確認してからベースラインを記録するのが基準。時間だけでは回復の個人差を捉えきれないため目安にとどめるべきだが、経験的には投与から約30〜60分後を一つの目安とする施設もある
- チーム連携:術者・麻酔科医・モニター担当で共有
まとめ
MEPモニタリングは、運動経路の障害を術中に早期検出できる有力な手段です。 しかし刺激条件や麻酔管理に強く依存するため、以下がポイントとなります。 ✅ 刺激電圧は300〜500V(最大上刺激の場合の目安) ✅ 麻酔はTIVAが基本、筋弛緩薬は導入時のみ ✅ 血圧・体温・酸素化を安定させる ✅ 頸椎手術は上肢筋、腰椎手術は下肢筋(Quad・TA・AH等)を中心に評価する ✅ 整形外科は最大上刺激(300〜500V程度)、脳神経外科の機能温存目的では閾値上刺激(閾値+10〜20%、最大上刺激より低電圧)を使い分ける ✅ チームでの情報共有が不可欠 臨床工学技士や麻酔補助に携わる方は、これらの基本を押さえておくことで、術中の安全性に大きく貢献できます。 👉 次回は「SEP(体性感覚誘発電位)モニタリングと麻酔管理」について紹介します。よくある質問
MEP(運動誘発電位)モニタリングとは?
経頭蓋的に脳の運動野を電気刺激し、脊髄の錐体路を介した信号を末梢の筋から記録する方法です。中枢から末梢までの運動経路が保たれているかを術中にリアルタイムで評価します。MEPが出にくくなる要因は?
吸入麻酔薬、筋弛緩薬、低体温、低血圧、低酸素・高二酸化炭素血症などで振幅が減弱します。麻酔深度や低血圧による振幅低下を、神経損傷と誤認しないよう注意します。MEP中の麻酔管理の基本は?
プロポフォール+レミフェンタニルによるTIVAが第一選択です。筋弛緩薬は挿管時のみ最小限とし、以降は原則使用しません。低血圧・低体温を避けて安定させます(血圧を「ベースラインの80%以上」とする一律の数値基準はガイドラインには無く、大血管手術で脊髄虚血が疑われる場面では少なくとも80mmHgという絶対値の目標が推奨されています)。術者に報告する基準は?
不可逆的な波高値の低下を認める場合は、直ちに術者へ報告します(アラームポイントは施設・術式により異なり、統一基準はありません)。導入時に筋弛緩薬を使った場合は、ガイドライン上はTOFモニタでT4/T1比0.6以上への回復を確認してからベースラインを記録するのが基準で、経験的に約30〜60分後を目安にする施設もあります。最大上刺激と閾値上刺激の違いは?
整形外科では安定した反応が得やすい最大上刺激(300〜500V程度が目安)を用います。脳神経外科の機能温存目的では、閾値+10〜20%程度の閾値上刺激を用い、わずかな変化を早期警告サインとして捉えます。参考
- 公益社団法人 日本麻酔科学会 安全委員会 MEPモニタリングガイドライン作成WG「MEPモニタリング時の麻酔管理のためのプラクティカルガイド」(2018年11月作成)





