抗凝固薬・抗血小板薬の休薬期間 ― 手術前にCEが確認すること

はじめに
手術前の問診で「お薬は全部いつも通り飲んでいますか」と聞いて、抗凝固薬の名前が出てきた瞬間に手が止まる。そんな経験がある人は少なくないはずです。
抗凝固薬・抗血小板薬は、休薬が足りなければ術中・術後の出血が増え、休薬しすぎれば脳梗塞や心筋梗塞などの血栓症を招きます。どちらに転んでも患者さんに不利益が出るため、このテーマは医療機関ごとに運用プロトコルを作って管理しているのが実情です。
この記事では、ある医療機関の術前休薬プロトコル(複数の国内ガイドラインを根拠として作成されたもの)をもとに、代表的な薬剤の休薬日数の目安、ヘパリン置換(ブリッジング)が検討される場面、そして術後の再開時期までを整理します。
この記事でわかること ・抗血小板薬(アスピリン、クロピドグレルなど)の休薬日数の目安 ・抗凝固薬(ワルファリン、DOAC)の休薬日数の目安 ・ヘパリン置換が検討される血栓症リスクの具体例 ・術後、いつ薬を再開するかの目安 ・CEが術前に確認しておきたいポイント
休薬の考え方 ― 出血リスクと血栓症リスクのトレードオフ
休薬期間は、休薬によって「血栓症リスク」が上がることと、継続によって「出血リスク」が上がることの、せめぎ合いで決まります。休薬期間を長くするほど出血のリスクは下がりますが、血栓症のリスクは上がる、というトレードオフです。
参照した医療機関のプロトコルでは、判断の手順を3段階に分けています。
- 手術・検査自体の出血リスクを評価する(低・中・高)
- 休薬した場合の血栓症リスクを評価する(低中・高)
- 上記の組み合わせから、推奨される休薬期間を決める
同じ薬でも、血栓症リスクが高い患者(心房細動でCHADS2スコア4〜6点、機械弁置換術後、静脈血栓塞栓症〈VTE〉発症後3か月以内など)では、休薬期間を短くしたり、ヘパリン置換を検討したりします。CHADS2スコアの内訳は、心不全・高血圧・75歳以上・糖尿病がそれぞれ1点、脳梗塞の既往が2点で、合計6点満点です。

抗血小板薬の休薬期間
| 薬剤(主な商品名) | 休薬期間の目安 |
|---|---|
| アスピリン(バイアスピリン、バファリン等) | 3〜7日 |
| クロピドグレル(プラビックス) | 5〜7日 |
| チクロピジン(パナルジン) | 7〜10日 |
| プラスグレル(エフィエント) | 7〜10日 |
| チカグレロル(ブリリンタ) | 3〜5日 |
| シロスタゾール(プレタール等) | 24〜72時間 |
| イコサペント酸エチル(エパデール) | 7日 |
| ジピリダモール(ペルサンチン) | 2日 |
サルポグレラート(アンプラーグ)やベラプロストナトリウム(ドルナー等)のように、参照した資料に「ガイドラインに明確な記載がない」と明記されている薬もあります。こうした薬は、施設ごとの慣例に差が出やすいところなので、数値を鵜呑みにせず主治医・薬剤師に確認するのが無難です。
抗凝固薬の休薬期間
| 薬剤(分類) | 休薬期間の目安 |
|---|---|
| ワルファリン(VK阻害薬) | 3〜5日前から休薬。PT-INRが治療域にあることを確認してから手術 |
| ダビガトラン(トロンビン阻害薬) | 4日前から休薬(腎機能正常時の目安) |
| リバーロキサバン(Xa阻害薬) | 2日前から休薬 |
| アピキサバン(Xa阻害薬) | 3日前から休薬 |
| エドキサバン(Xa阻害薬) | 2日前から休薬 |
DOAC(直接経口抗凝固薬)は腎機能によって体内に残る時間が変わります。ダビガトランの「4日前」は腎機能正常時の目安で、腎機能が低下している患者ではもっと早めの休薬が必要になる、という考え方です。
同じ資料の中には、もっとシンプルな判断フローとして「DOACは1〜2日前から休薬すればヘパリン置換は不要(血栓症リスクが低中の場合)」という記載もあります。薬剤ごとの細かい日数と、この簡略ルールとでは粒度が違うので、どちらを見ているのか混同しないようにしたいところです。

ヘパリン置換(ブリッジング)が検討される場面
ヘパリン置換は、休薬すると血栓症リスクが高くなってしまう患者に対して、作用時間の短いヘパリンに一時的に切り替える方法です。検討される具体例として、次のようなケースが挙げられています。
- 機械弁置換術後
- 心房細動でCHADS2スコア4〜6点
- 心内血栓あり
- 肺血栓塞栓症・深部静脈血栓症(VTE)発症後3か月以内
- 血栓形成傾向(プロテインC・S欠損症、抗リン脂質抗体症候群など)
ワルファリン再開時は、PT-INRが治療域に入るまでヘパリンを併用するという運用も紹介されていました。一方でDOAC再開時は、ヘパリンの併用が必ずしも必要ではないともされています。
術後の再開時期
休薬してそれで終わりではなく、いつ薬を再開するかも周術期管理の一部です。この資料では、おおむね次のような目安が示されています。
- 抗血小板薬:休薬した場合は、出血リスクが低い場合も中リスク(1剤に減量して継続)の場合も、原則として術後48時間以内に再開
- 抗凝固薬(ヘパリン置換が不要な低・中リスクの場合):ワルファリンは術後24時間以内に再開。DOACは出血リスクが低い手術なら術後24時間以内、中・高リスクの手術なら術後48時間以内に再開(術後出血が問題になる場合は48〜72時間以降に再開を考慮することもある)
- 抗凝固薬(ヘパリン置換を行う高リスクの場合):ワルファリン・DOACとも術後48時間以内に再開
全体の目安として「術後1日目に出血の可能性がないと判断できれば、術後2日目の朝から抗血栓薬を再開する」という考え方が示されており、術後48時間以内に再開できない場合や判断に迷う場合は、循環器内科・脳血管内科に相談する、とされています。
CEが確認すること
- 患者が内服している抗血栓薬の一般名・商品名と、最終服用日時
- 休薬が指示通りに行われているか(自己判断で中止・継続していないか)
- ワルファリン内服患者ではPT-INRの値(治療域にあるか)
- 腎機能(DOACは腎排泄のため、腎機能低下時は休薬期間の考え方が変わる)
- ヘパリン置換が行われている場合は、APTTの値と切り替えのタイミング
よくある質問
抗凝固薬の休薬日数は、どの病院でも同じですか?
同じではありません。この記事の数値は、ある医療機関が国内の複数のガイドラインを参照して作成したプロトコルに基づく目安です。休薬の可否・期間は、合併疾患の病態や術式によって変わるため、最終的には主治医が判断します。
患者が自己判断で薬を止めてしまったら、どうすればいいですか?
まずは最終服用日を正確に確認し、担当医に報告します。休薬日数が足りていても、過剰に休薬していても、どちらも手術の進め方に影響するため、自己申告だけに頼らず問診で具体的な日付を確認することが大切です。
DOACとワルファリンでは、休薬の考え方は同じですか?
基本的な考え方(出血リスクと血栓症リスクのトレードオフ)は同じですが、ワルファリンはPT-INRという検査値で効果を確認しながら休薬・再開を判断できます。一方DOACはそうした検査値での管理が一般的ではなく、「最終服用からの時間」をより重視した管理になります。
まとめ
抗凝固薬・抗血小板薬の休薬は、出血リスクと血栓症リスクのどちらかに偏らせないためのバランスの取り方です。
- 休薬日数は薬剤ごとに大きく異なる(アスピリンは3〜7日、クロピドグレルは5〜7日など)
- ワルファリンはPT-INR、DOACは最終服用からの時間を目安に判断する
- 血栓症リスクが高い患者ではヘパリン置換が検討される
- 再開は、休薬した場合は原則として術後24〜48時間以内が目安
- 数値はあくまで目安で、最終判断は主治医が行う
CEとして術前に確認できるのは、薬の種類・最終服用日・検査値といった「事実」の部分です。休薬の是非そのものは判断する立場にありませんが、正確な情報を揃えておくことが、安全な周術期管理につながります。
周術期管理チーム認定試験の対策に
抗凝固薬・抗血小板薬の休薬は、周術期管理チーム認定試験でも問われるテーマです。過去問6回分を分析したオリジナル予想問題100問(全問解説付き)をnoteで公開しています。アプリ版もあります。
参考
- 独立行政法人国立病院機構 九州医療センター「術前休薬指針」「薬剤の術前休薬期間」第10版(2026年1月 医療安全管理委員会承認)
- 同資料が参照する国内ガイドライン:抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡診療ガイドライン2012+DOACを含めた抗凝固薬に関する追補2017(日本消化器内視鏡学会)、非心臓手術における合併心疾患の評価と管理に関するガイドライン(日本循環器学会)、JCSガイドラインフォーカスアップデート版 冠動脈疾患患者における抗血栓療法ガイドライン(2020年)、抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロック ガイドライン





