人工肺(膜型肺)のガス交換不良 ― 何を見て交換を判断するか

はじめに
ECMOを回していて一番ヒヤッとする瞬間のひとつが、「あれ、酸素化が合わない」という違和感だと思います。設定は変えていないのに、PaO2がじわじわ下がっている。あるいはCO2が抜けきらない。人工肺(膜型肺)の機能低下は、こういう地味な変化として現れます。
厄介なのは、「この数値を超えたら交換」という単一の正解が無いことです。文献を当たっても、圧較差にも血液ガスにもD-dimerにも、普遍的な閾値は出てきませんでした。この記事では、何が機能低下の原因で、どの指標を組み合わせて判断するのが実際的か、という整理をします。
この記事でわかること
- 人工肺の機能低下が起きる2つのメカニズム(シャント効果とデッドスペース効果)
- 圧較差(ΔP)・前後血液ガスで何が分かり、何が分からないか
- 数時間単位で急激に進行する「急性」の人工肺不全と、その見分け方
- D-dimer・フィブリノゲン・血小板など、複数指標を組み合わせて見る考え方
- 溶血(血漿遊離ヘモグロビン)という別の切り口
- 「交換の基準値」が文献上どこまで確立されているか
- CEが確認すること
人工肺の機能はなぜ落ちるのか ― シャント効果とデッドスペース効果
人工肺の中では、中空糸という細い繊維の束の外側を血液が通り、内側をガスが通ります。この境目で酸素とCO2が交換されるわけですが、時間が経つと境目に蛋白や血球成分が付着してきます。これがいわゆる擬似膜で、酸素の通り道を塞ぐように働きます。結果として酸素化能が落ちる。これを「シャント効果」と呼びます。
一方で、繊維の周りに血栓やフィブリンが析出してくると、話が少し変わります。こちらはCO2の除去能を落とす「デッドスペース効果」として説明されています。つまり、酸素化が落ちるタイミングとCO2が抜けなくなるタイミングは、必ずしも同時ではないということです。片方だけ悪化して、もう片方はしばらく保たれる、ということも起こり得ます。
古い世代の人工肺では、血漿そのものがガス側に漏れ出す「血漿リーク」も故障モードとして知られていました。今主流のポリメチルペンテン(PMP)膜は、この手の問題が起きにくい設計だと文献には書いてあります。ただしこれは文献の書きぶりからの推測で、血漿リークがどれくらいの頻度で起きるかという直接の数字は見つかりませんでした。「今はもう起きない」と言い切るのは避けたほうが良さそうです。
ちなみにELSOのレジストリでは、回路や部品の血栓で交換が必要になる例が患者の約20%にのぼるという数字が出ています。血栓は脱血側(静脈側)のほうに多く見られるとのこと。人工肺だけでなく、著明な血栓と著明な溶血が重なった場合は、回路全体を替えることになる場合もあります。

圧較差(ΔP)と前後血液ガスで何が分かるか
ベッドサイドで一番手早く確認できるのが、人工肺の入口圧と出口圧の差、いわゆるΔPです。血栓が溜まって血液の通り道が狭くなれば、ΔPは上がってきます。もうひとつ、人工肺に入る前(プレ)と出た後(ポスト)の血液ガスを測る方法もあります。酸素化とCO2除去、それぞれの能力を直接見られるので理屈としては分かりやすい指標です。
ただ、正直なところを言うと、「ΔPが◯◯mmHgを超えたら交換」という数値基準は、今回あたった文献には出てきませんでした。前後血液ガスについても同じです。どちらも「その患者自身のベースラインから、どれだけ上がった(あるいは下がった)か」という相対的な変化で判断するしかない、というのが実情のようです。連続的に酸素移動能をモニタリングする機器も登場してはいますが、臨床での検証はまだこれからという段階のようです。
数値一発で白黒つけられたら楽なのですが、そういう便利な話は無さそうです。経時的な推移を、自分の施設のベースラインと比べて見ていくしかありません。
急性の人工肺不全 ― 数時間で急激に悪化することもある
ここまでの話は、どちらかというと「数日かけてじわじわ進行する」パターンでした。ただ実際には、もっと急に来るケースもあります。数時間、ひどいときは1時間程度で状況が一変することもある。この違いは、調べていて見落としかけていた視点でした。
急性のパターンでは、ΔPのような圧の指標が実務上の頼りになります。ELSOのガイドラインは、人工肺の血栓は圧較差の上昇として現れると説明したうえで、圧が急激に上がって高圧アラームが作動した場合は「まずポンプを止めて、原因を特定しながら流量を戻す」という対応を示しています。D-dimerの推移を日単位で追うような悠長さは、ここにはありません。
実際の症例報告を見ると、これがどれくらいの速さで起こり得るかが分かります。HIT(ヘパリン起因性血小板減少症)による人工肺血栓症の報告では、ΔPが68mmHgだった状態から、わずか1時間後には371mmHgまで急上昇し、流量は1L/min未満に落ち込みました。論文はこの1時間の時点を「人工肺不全のピーク」と表現しています。しかも、この症例ではそれ以前の10日間、毎日の目視確認では何も異常が見つかっていませんでした。つまり、ルーチンの目視確認やD-dimerのような緩徐なトレンド監視だけでは、急性の血栓イベントを事前には捉えきれない、ということです。
血栓の大きさについても、ELSOのガイドラインに数値基準があります。1〜5mm程度の小さな血栓はどの回路にも見られるもので、経過観察でよいとされています。一方、5mmを超える血栓、あるいは人工肺より下流側で拡大している血栓は、その部分を取り除くか、回路全体の交換が必要になると書かれています。本記事で確認できた中では、これが唯一の明確な数値基準でした。ただしこれは人工肺に限った基準ではなく、回路全体に当てはまるものです。
「PaO2/FiO2比がこれだけ・何時間以内に落ちたら交換」という検証済みの数式のようなものは、見つかりませんでした。見つかったのは1例の症例報告と、圧アラームという実務的な仕組みです。ただ、これはこれで実用的な情報だと思います。急な悪化を疑うべき場面では、日単位のトレンドではなく、ΔPの急変とアラーム、そして肉眼的な血栓の大きさを見る。それが今のところの現実的な答えのようです。

自分自身も、これまでに回路交換を2例経験しています。印象に残っているのは、離脱(ウィーニング)のトライアル中に起きた急速なPaO2低下です。流量を落とし、同時にヘパリンをオフにしたタイミングでした。低流量と抗凝固オフが重なったことで、人工肺内に血栓ができたのだと思っています(確定的に検証したわけではなく、あくまで自分の推測です)。このケースはその後、心不全が悪化して結局離脱できず、ECMO管理を継続することになったのですが、このとき作られてしまった血栓が原因で、回路交換が必要になりました。離脱トライアルのように、流量と抗凝固の両方が同時に変わる場面は、急性の人工肺不全が起きやすいタイミングとして、個人的には注意しています。
D-dimer・フィブリノゲン・血小板 ― 複数指標を組み合わせて見る
圧較差や血液ガスだけでは心許ない、というところで出てくるのが血液検査です。複数の単施設研究が、人工肺交換の前にD-dimerが上がり、交換後に下がるという傾向を報告しています。
具体的な数字を見てみると、ある研究(Lubnow et al. 2014、成人VV-ECMO24例・34回の交換)では、交換前3日間でD-dimerの中央値が15から30mg/dLへと倍増し、交換後1日以内に13mg/dLまで下がりました。もうひとつの研究(Basken et al. 2019、150例中58回の交換)では、D-dimerの上昇に加えて、フィブリノゲン・血小板数・必要なヘパリン投与量がそれぞれ有意に低下していました。複数の指標が同じ方向を向いて動く、というのがポイントです。
ただし大事な限定があります。Lubnowの研究では、34件中15件(約44%)でD-dimerがもともと慢性的に高値で推移していて、予測マーカーとして使えませんでした。D-dimerさえ見ていれば安心、という話では全くないということです。さらに、フィブリノゲンについては最近の研究(Nagler et al. 2025、COVID-19 ARDS48例・96回の交換)で有意差が出なかったという報告もあり、Baskenの結果とは食い違っています。この著者自身も「交換適応の最適な基準はまだ明らかではない」と書いていて、前向き研究を求めています。
| 指標 | 交換前の傾向 | 備考 |
|---|---|---|
| D-dimer | 上昇 | 交換前3日程度で上昇、交換後に低下。約4割の症例で予測に使えなかったとする報告あり |
| フィブリノゲン | 低下(研究により有意差なし) | 研究間で結果が一致していない |
| 血小板数 | 低下 | 複数研究で有意な低下 |
| 必要ヘパリン投与量 | 低下 | 人工肺の血栓消費による可能性が考察されている |

溶血(血漿遊離ヘモグロビン)という別の切り口
血漿遊離ヘモグロビン(fHb)、つまり溶血の指標も人工肺の状態と関連づけて語られます。ある報告ではECMOの流量が一定以上になるとfHbが上がりやすい、また別の報告では24時間後のfHbが50mg/dLを超えると死亡率が高いという関連が示されています。新生児例では、fHbが48時間かけてじわじわ上がったあとに回路の機能障害が見つかった、という報告もあります。ΔPが上がる→ポンプの回転数が代償的に上がる→機械的なせん断力が増える→溶血が進む、という仮説的な流れが考えられていますが、これが直接証明された因果関係というわけではありません。
fHb単独では交換の適応にはならない、とレビューははっきり書いています。あくまで他の所見と合わせて判断材料のひとつにする、という位置づけです。
「この数値を超えたら交換」という基準はあるのか
結論から言うと、見つかりませんでした。ELSOのガイドラインも、レビュー文献がまとめているELSOの考え方も、「血栓形成・血流障害・ガス交換障害などの確立された基準に基づいて、必要なときに交換する」という定性的な書き方にとどまっています。◯◯mmHg、◯◯mg/dLという一本の線は、少なくとも今回の調査では出てきませんでした。
これは裏を返せば、どれか1つの数値を過信してはいけない、ということだと思います。ΔPの上昇傾向、前後血液ガスの変化、D-dimerやフィブリノゲン・血小板の動き、目視での血栓確認。これらを重ね合わせて、「この患者のベースラインから、どれだけ逸脱しているか」を見ていく。地味ですが、それが一番確実なやり方のようです。

CEが確認すること
- 人工肺前後の血液ガスを測定し、酸素化・CO2除去の経時的な変化を確認する。
- 圧較差(ΔP)を定期的に確認し、その患者のベースラインからの上昇傾向を見る。高圧アラームが急に作動した場合は、まずポンプを止めて原因を確認する。
- D-dimer・フィブリノゲン・血小板数・必要ヘパリン投与量の推移を、単独ではなく組み合わせで確認する。
- 血漿遊離ヘモグロビン(溶血マーカー)の推移を確認する。
- 人工肺の目視確認を行う。5mmを超える血栓、または拡大している血栓があれば医師に報告する。
- 複数の所見が同じ方向(機能低下)を示していれば、早めに医師へ報告する。緩徐な変化と急な変化、両方のパターンがあることを念頭に置く。
- 離脱(ウィーニング)トライアルなど、流量と抗凝固の両方が同時に変わる場面では、人工肺血栓・急性の機能低下が起きやすい可能性がある。普段よりΔP・血液ガスをこまめに確認する。
よくある質問
Q. ΔPが何mmHgになったら人工肺を交換すべきですか?
普遍的な数値基準は文献上見当たりませんでした。その患者自身のベースラインからの上昇傾向で判断するのが実際的です。
Q. D-dimerを見ていれば人工肺不良は分かりますか?
有力な手がかりにはなりますが、単独では不十分です。研究では約4割の症例でD-dimerが予測マーカーとして機能しなかったとも報告されています。他の指標と組み合わせて見る必要があります。
Q. 酸素化が落ちていなければCO2除去も問題ないと考えていいですか?
そうとは限りません。酸素化低下(シャント効果)とCO2除去低下(デッドスペース効果)は別々のメカニズムで起きるため、片方だけ悪化することがあります。
Q. 血漿遊離ヘモグロビンが高ければ人工肺を交換すべきですか?
溶血の指標として参考にはなりますが、それ単独で交換の適応にはなりません。他の所見と合わせて判断する材料のひとつです。
Q. 現行の人工肺でも血漿リークは起きますか?
現行の主流であるポリメチルペンテン膜は、起きにくい設計だと文献にはあります。ただし発生頻度を直接示すデータは見つかっておらず、「全く起きない」と断定はできません。
Q. 人工肺の機能低下は、数日かけて起きるものと決まっていますか?
そうとは限りません。D-dimerなどで追えるのは数日単位の緩徐な変化ですが、血栓によって1時間程度で急激に悪化した症例報告もあります。急な変化は、トレンド監視より圧アラームの方が捉えやすいようです。
まとめ
- 人工肺の機能低下には、酸素化を落とす「シャント効果」とCO2除去を落とす「デッドスペース効果」という別々の経路がある。
- ΔPや前後血液ガスに、普遍的な交換基準値は存在しない。ベースラインからの変化で判断する。
- 数日かけての緩徐な悪化だけでなく、血栓による数時間単位の急性の悪化もある。急な変化はトレンドよりΔPの急変・圧アラームで捉える。
- D-dimer・フィブリノゲン・血小板・ヘパリン投与量は、交換前に揃って動く傾向が報告されているが、単独では不十分。
- 血漿遊離ヘモグロビン(溶血)は補助的な指標であり、単独では交換の適応にならない。
- 結局のところ、複数の所見を重ね合わせて判断するしかない。
数値がひとつでも分かりやすい基準があれば楽なのですが、今回調べた限りではそういうものは無さそうでした。その分、日々の推移をどれだけこまめに見ているかが効いてくる領域だと思います。
参考
- ELSO(Extracorporeal Life Support Organization)Anticoagulation Guideline(2014)(人工肺の血栓発生頻度、回路交換の考え方)。
- Butt SP, et al. 2024, Journal of Extra-Corporeal Technology 56(1):20-29(人工肺機能低下のメカニズム・評価方法に関するレビュー)。
- Sarathy NA, et al. 2021, Annals of Biomedical Engineering 49(12):3636-3646(圧較差モニタリングに代わる流量ベース評価の実験的研究)。
- Lubnow M, et al. 2014, Journal of Critical Care 29(3):473.e1-5(D-dimerと人工肺交換のタイミングに関する単施設後ろ向き研究)。
- Basken RL, et al. 2019, Journal of Extra-Corporeal Technology 51(2):61-66(D-dimer・フィブリノゲン・血小板・ヘパリン投与量の変化に関する単施設後ろ向き研究)。
- Nagler M, et al. 2025, Thrombosis Research 257:109542(COVID-19 ARDS患者における人工肺交換前後の検査値変化)。
- ELSO(Extracorporeal Life Support Organization)General Guidelines for all ECLS Cases, Version 1.4(2017)(圧較差モニタリング、高圧アラームへの対応、血栓サイズの数値基準)。
- Ratzlaff RA, et al. 2016, BMJ Case Reports 2016:bcr2016218179(HITによる急性の人工肺血栓症の症例報告。ΔPの急上昇と流量低下の実測値)。
- 交換判断の数値基準について、国内学会による公式な基準は、今回の調査では確認できていません。
- 離脱トライアル中の急速なPaO2低下の経験談は、査読済み文献ではなく筆者自身の臨床経験に基づく一人称の記述です。





