自己血回収装置 ― ヘマトクリット・ヘパリン・血漿成分について

はじめに
自己血回収装置は、手術中に出血した患者自身の血液を回収し、洗浄・濃縮して返血する装置です。洗浄式で戻すのは赤血球が主体の液であり、失った血液の成分をすべて元に戻せるわけではありません。
心臓・大血管の手術など、出血が見込まれる場面で使用を検討します。臨床工学技士(CE)は装置の準備・処理条件の確認に加え、術者・麻酔科医と回収状況を共有します。本稿では術中の洗浄式を対象に、返血液の性質と確認の要点を整理します。
この記事でわかること
- 洗浄後のヘマトクリットは、機種資料で50〜60%が目安
- 回収中の凝固を防ぐヘパリンは、洗浄でほぼ除去される
- 返血液は凝固因子・血小板の補充にはならない
- 処理条件と患者照合を、返血前まで一貫して確認する
装置の構成と回収から返血までの流れ
主な構成は吸引回路、貯血槽、遠心分離・洗浄部、洗浄液と廃液の系統、返血バッグです。回収量には抗凝固液や術野の液体も含まれるため、その表示量をそのまま失血量や返血量と読み替えないことが大切です。
- 吸引・貯血:回収経路に抗凝固液を加えながら、血液を貯血槽へ集めます。
- 遠心分離・洗浄:赤血球を分離し、生理食塩水で洗浄します。洗い流された成分は廃液側へ移ります。
- 濃縮赤血球の移送:処理を終えた赤血球主体の液を返血バッグへ送ります。
- 照合・返血:患者、バッグ、返血経路を確認し、担当医の指示と施設手順に従って返血します。

貯血槽での抗凝固:ヘパリン加生理食塩水
回収した血液が回路や貯血槽で固まることを防ぐため、ヘパリン加生理食塩水を使います。抗凝固液は血液が回収される段階で混ざる必要があり、貯血槽にたまってから対応するものではありません。
運用の一例は30単位/mLのヘパリン加生食を、回収血100mLに対して15mL添加する目安です。実際の調製・添加は使用機器の説明書と施設プロトコルに従います。薬液濃度だけでなく、残量、滴下の有無、回収ペースとの関係を確認します。
ヘパリンは洗浄でほぼ除去され、特定機種資料では約99.7%除去が目安です。ただし残留がない保証ではありません。ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)の既往がある患者では、洗浄を前提にヘパリンを使うのではなく、クエン酸など別の抗凝固薬を担当医と検討します。
洗浄工程とヘマトクリット:何が残るのか
ヘマトクリットは、液全体に占める赤血球容積の割合です。洗浄後の濃厚赤血球液では50〜60%が目安とされます。これは特定機種の製品資料に由来する値であり、患者の血液の目標値でも、全機種に共通する保証値でもありません。
| 成分 | 洗浄後の位置づけ・除去率の目安 |
|---|---|
| 赤血球 | 返血液の主体。ヘマトクリットは50〜60%が目安 |
| 総タンパク質(血漿タンパク質) | 約99%除去が目安 |
| ヘパリン | 約99.7%除去が目安 |
| 遊離ヘモグロビン/脂肪 | それぞれ約99%除去が目安 |
| カリウム | 約98.7%除去が目安 |
| 凝固因子・血小板 | ほぼ除去され、補充源にはならない |
数値の根拠:確認済み資料に記載されたセルセーバー5+システムの製品資料由来の値。機種・処理条件により異なります。総タンパク質の除去率を個々の凝固因子や血小板の除去率として読み替えないでください。

血漿成分がほぼないことの臨床的な意味
「血漿成分が入っていない」は、凝固因子やアルブミンなどがほぼ洗い流され、血漿の補充を期待できないという意味です。血小板は血漿タンパク質とは別の成分ですが、こちらもほぼ除去されます。返血液には赤血球を浮遊させる液体があり、赤血球だけの塊という意味ではありません。
出血が続き、大量の回収血を返しても、失われた凝固因子・血小板は十分には戻りません。輸液などによる希釈も重なれば凝固能が低下し得ます。赤血球の補充と止血に必要な成分の評価を分けて考え、出血の様子、輸液・輸血の経過、凝固検査や血小板数の評価を担当医と共有します。
たとえば「返血バッグは十分にあるのに術野の出血が続く」場面では、回収量だけで対応が足りているとは判断できません。凝固能の評価や必要な血液製剤は担当医が判断します。回収血量だけで追加製剤を決める一律の閾値は示しません。
適応・禁忌は「何が混入するか」から考える
JSAT(日本自己血輸血・周術期輸血学会)「回収式自己血輸血実施基準(2020)」では、医学的適応は出血量600mL以上の開心術・大血管手術、その他の無菌的手術(12歳未満は体重10mL/kg以上が目安)とされています。禁忌は、細菌または悪性腫瘍細胞の混入がある場合と明記されています。
回収できる血液があることと、安全に返血できることは別です。悪性腫瘍手術では腫瘍細胞、感染創では細菌、消化管内容物が混入する場面では汚染が問題になります。洗浄を滅菌処理とみなしたり、特定の除去率からこれらの安全性を推定したりしてはいけません。
適応は術式、混入の可能性、施設の採用基準を踏まえて事前に確認します。汚染が疑われたら、その血液の回収・返血を進めず術者・担当医に共有し、取り扱いを確認します。悪性腫瘍手術を一律に可能とする判断や、フィルターだけで安全性を保証する説明は避けます。なお外傷・悪性腫瘍手術は保険適応(K923)の対象外ですが、骨盤骨折・大腿骨骨折など閉鎖骨折に対する手術では算定できるとされています。
ガイドラインには、この他にも実務に関わる基準が明記されています。
- 吸引圧:溶血を減らすため80〜120mmHgを目標とする。ただし急速な出血では吸引圧を上げる必要がある
- 返血完了までの時間:処理後4時間以内が原則。処理後速やかに2〜6℃で冷蔵保存すれば24時間まで延長できる
- 微小凝集塊除去フィルター:返血時に使用する。一般的な輸血セットの標準フィルター(メッシュサイズ目安約170〜200μm)は、フィブリン塊などの大きな凝集塊(マクロアグリゲート)を止める設計で、洗浄後の血液に含まれ得る微小凝集塊(マイクロアグリゲート)までは捕捉できません。自己血回収セットに付属する目の細かいマイクロアグリゲート除去フィルターを必ず使用します
- 遊離ヘモグロビン:洗浄式・非洗浄式を問わず残存する(非洗浄式の方が多い)。ヘモグロビン尿が出た場合はハプトグロビン投与を検討する
CEが確認すること:準備から返血前まで
| 場面 | 確認すること | 異常時の着眼点 |
|---|---|---|
| 開始前 | 患者情報、HIT既往、回収方針、回路・薬液・ラベル | 抗凝固薬と回収可能な術野をチームで共有 |
| 回収中 | 回収量と性状、吸引圧、抗凝固液の濃度・残量・滴下 | 回収不良では吸引先、屈曲・閉塞、凝血を確認。圧をむやみに上げない |
| 洗浄中 | 洗浄サイクル・設定、洗浄液残量、廃液経路、完了表示・アラーム | 処理未完了のまま返血工程へ進めない |
| 返血前 | バッグの患者情報・処理日時、患者照合、経路・接続、空気の有無 | 取り違えと誤接続を防ぎ、施設手順に沿って照合 |
返血が急がれるときほど、次の順で情報をそろえます。設定値や操作は機器の説明書と施設手順に従い、独断で洗浄工程を短縮しません。
- 状況を共有:回収量、処理済み量、返血済み量を区別し、出血の推移とともに伝える。
- 処理状態を確認:アラーム内容、抗凝固液・洗浄液、回路と廃液経路をたどる。
- 返血条件を確認:処理完了、患者とバッグ、患者までの接続経路を確認する。不明点は解消してから進める。
よくある質問
Q. ヘマトクリットが高ければ、凝固能も補えますか?
補えません。赤血球の割合と、凝固因子・血小板が十分にあるかは別の評価です。
Q. ヘパリンは洗浄されるので、HIT既往を気にしなくてよいですか?
いいえ。除去されることを使用の根拠にせず、回収開始前に既往を確認し、抗凝固薬の方針を担当医と決めます。
Q. 洗浄すれば汚染した血液も返せますか?
洗浄だけでは安全性を保証できません。混入が疑われる血液は返血を進めず、回収方針を確認します。
まとめ
- 覚え方は「赤血球を戻す。止血成分は別に評価」。
- ヘマトクリットは特定機種資料で50〜60%が目安。全機種の保証値ではない。
- ヘパリンは回収中の凝固を防ぎ、洗浄でほぼ除去されるが、HIT既往の確認は必要。
- 血漿タンパク質・凝固因子・血小板はほぼ除去される。大量返血時は凝固能の評価を共有する。
- CEは回収と処理の状態を伝え、患者照合と返血経路を最後まで確認する。
参考
- 数値の確認済み根拠:自己血回収装置の確認済み事実。製品資料由来の値は、この提供資料に基づいて掲載しています。
- 一般社団法人 日本自己血輸血・周術期輸血学会:回収式自己血輸血実施基準(2020)。医学的適応・禁忌、吸引圧、抗凝固薬、返血完了までの時間、フィルター使用などの確認資料です(2026-09-26 全文確認)。
公開前の照合事項は別紙に記録。実際の操作・適応判断は、使用機器の説明書と施設で承認された手順に従ってください。
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