目次
はじめに
耳下腺腫瘍摘出術や聴神経腫瘍手術など、頭頸部の外科手術では「顔面神経をいかに温存するか」が患者の術後生活の質を大きく左右します。
顔面神経は表情筋を支配しており、損傷すれば顔面麻痺・表情の左右差・社会生活への影響が避けられません。
そのリスクを減らすために用いられるのが 顔面神経モニタリング(Facial Nerve Monitoring, FNM) です。
この記事では、FNMの仕組み・適応・実際の麻酔管理の注意点を、最新の文献を踏まえてわかりやすく解説します。
顔面神経モニタリングとは?
目的
- 顔面神経の同定と保護
- 手術操作中の「神経損傷リスク」を即時に検出
- 神経の解剖学的位置を確認する補助
仕組み
- 刺激
- 手術操作中、顔面神経を電気的に刺激
- 導出
- 刺激による筋収縮を 末梢の表情筋(眼輪筋・口輪筋など)からEMG波形として導出
- 原理
- 刺激部位と導出部の間にシナプスを介さない → 反応は純粋に神経伝導と筋応答のみ
- そのため「鎮静薬や吸入麻酔薬の影響はごく軽微」とされます
適応となる代表的手術
- 耳下腺腫瘍摘出術:顔面神経が腫瘍近傍を走行するため損傷リスクが高い
- 聴神経腫瘍摘出術:後頭蓋窩で顔面神経を損傷しやすい
- 側頭骨手術(慢性中耳炎・真珠腫など)
- 頭蓋底腫瘍切除術
- 顔面神経再建術
これらの手術では、FNMが術者の安心感と神経温存率の向上につながります。
モニタリング機器
現在、術中モニタリング(誘発筋電位、FNMなど)で使用される機器を製造している主なメーカーとモデルには、以下のようなものがあります。

- 日本光電工業株式会社:
- MEE-2000 ニューロマスター G1:術中神経機能モニタリング専用機で、MEPやSEP、ABRなど複数の誘発電位を測定するマルチモダリティモニタリングに対応しています。


- メドトロニック株式会社:
- NIM Vital™、NIM-Neuro™ 3.0:主に耳鼻咽喉科、頭頸部外科、脳神経外科向けに、神経損傷リスクを低減させることを目的とした術中神経モニタリングシステムです。
当院ではNIMシリーズからNIM3.0を経てNIMVitalを使用しています。

- ガデリウス・メディカル株式会社:
- ネイタス社製機器:世界的に広く使用されているニコレブランドの機器を取り扱っています。
麻酔管理におけるポイント
顔面神経モニタリングを正しく機能させるためには、麻酔管理での配慮が欠かせません。
1. 筋弛緩薬の影響
- 最も大きな影響因子は筋弛緩薬
- EMG反応を消失させ、モニタリング不能になる
- 管理法:
- 導入時のみ最小限の使用(挿管目的)
- 以降は原則使用しない
- 必要時は スガマデクスで完全拮抗 → TOF比≧0.9確認
2. 鎮静薬・吸入麻酔薬の影響
- 日本臨床麻酔学会誌 第41回大会 教育講演(2023)によると、
「どの鎮静薬を選んでも影響はほとんどない」 と明記 - 吸入麻酔薬(セボフルラン・デスフルラン)や静脈麻酔薬(プロポフォール、レミフェンタニル)いずれも使用可能
- 高濃度(1.5MAC以上)での維持は波形減弱の報告あり → 0.5〜1.0MACでの維持が望ましい
3. 生理学的要因
- 体温低下、電解質異常、循環動態不安定は波形に影響
- 特に長時間手術では「低体温による潜時延長・振幅低下」が問題となる
文献的根拠
- 日本臨床麻酔学会誌 第41回大会 教育講演(2023)
- https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca/43/3/43_225/_pdf/-char/ja
→ 「顔面神経モニタリングではシナプスを介さないため、鎮静薬の影響は最小限」 - 国際レビュー(Medicina 2022)
→ 「影響因子は麻酔薬よりも筋弛緩薬の残存と電極配置」 - 複数の臨床報告(耳下腺腫瘍術など)
→ 吸入麻酔でも静脈麻酔でも良好なモニタリング成功率
実際の管理例(成人・小児)
成人症例
- 導入:プロポフォール+レミフェンタニル、ロクロニウム少量
- 挿管後:スガマデクス拮抗 or 自然回復待ち
- 維持:セボフルラン0.8MAC+レミフェンタニル
- 手術中:顔面神経刺激で安定したEMG波形を確認
小児症例
- 小児では鎮静の深さの変動で血行動態が不安定になりやすい
- 吸入麻酔(セボフルラン)が管理しやすい場合も多い
- EMG反応は成人同様、筋弛緩薬を避ければ良好に記録可能
よくあるトラブルと対処法
- 波形が出ない
→ 筋弛緩薬残存?TOFチェック・スガマデクス投与 - 波形が弱い
→ チューブ電極や表面電極の接触不良を疑う - ノイズが多い
→ アース電極確認、電気メス使用時は一時的に干渉
まとめ
- 顔面神経モニタリングは耳下腺・聴神経・頭蓋底手術で必須の安全ツール
- 鎮静薬・吸入麻酔薬の影響はごく小さい
- 最大の注意点は筋弛緩薬の管理
- 成人・小児いずれでも適用可能で、麻酔法は吸入でもTIVAでも選択可能
つまり、顔面神経モニタリングを成功させる秘訣は 「麻酔薬の選択」ではなく「筋弛緩薬をいかにコントロールするか」 に尽きます。

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